よねっきー

風立ちぬのよねっきーのレビュー・感想・評価

風立ちぬ(2013年製作の映画)
4.9
風が、帽子や、パラソルや、飛行機を飛ばす。伸びやかなその運動が、そのままロマンスやスペクタクルとして機能する。アニメって、映画って、それ以上になにか必要なものがあるだろうか?

エンドロールに入った途端、なんだか胸がいっぱいになって泣いてしまった。シーン単体ではなくて、映画全体の美しさに圧倒されて泣いたのって、初めてかもしれない。

堀越二郎と堀辰雄という、実在する二人の混同によって生み出された、存在しない男「二郎」の物語。二人の半生を一本の映画にするとなると、さすがに物語がまとまってないような印象はところどころ受けるんだが、すべてのシーンにはヴァレリーの「Le vent se lève !(風が立つ!)/Il faut tenter de vivre !(生きることを試みないといけない!)」という詩句が通底している。だからこそ、ひとつの作品として成立している。

言わずもがなだが、映像がずっと、あまりにも美しい……。宮崎駿ってもしかして、究極的に美しい映画をつくるために「アニメ」という手法を選択したんじゃないだろうか。だってショット単位を超えて、コマ単位で映画を撮れるんだもん。こういう現実世界を舞台にした映画では特に「アニメである必然性」が問われると思うけど、この映画はひとつひとつのショットの美しさ、キャラクターや世界の躍動感がそれを説明している。ファンタジーっぽいシーンを抜きにしても、これは実写じゃ撮れないよ。鬼気迫る密度の震災のシーンから、菜穂子と二郎がしずかに愛し合う場面まで、とにかく隙がない。だけど余裕がある。編集も上手いんだと思うな。

キャスティングも絶妙。ベテラン俳優たちの声が安定して良いのはもちろんのこと、庵野秀明の棒読みが映画のなかで浮きまくってるのが、すごく良い。西島秀俊や國村隼など「良い声」のキャラがほかにもちらほらいるなかで、二郎の声が特別際立つ。下手じゃないんですよ。存在感がある。二郎に生命が与えられてる感じがする。

戦争や死や退廃を描いた映画である以前に、希望と生と愛を描いた映画だったように思う。菜穂子の「来て」の台詞も「生きて」の台詞も、同じ強度で映画のなかで立ち上がる。映画は、人生は、詩だ。風が立つ。生きてみないといけない。
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