せんきち

ばしゃ馬さんとビッグマウスのせんきちのレビュー・感想・評価

4.3
大人の青春映画の傑作。

全体的にコメディなのだが、痛々しい。馬淵さんの頑張りと空回りっぷりに笑うというより泣けてしまう。自分より格下と思ってたシナリオスクールの後輩がプロデューサーに声かけられたり、地元の友達の結婚式に参加した時、「何の仕事してるの?」と聞かれ、その後輩の仕事を自分の仕事と偽ってしまう所とか。麻生久美子自身が重たい感じなので余計きつく感じた。

それに対するビッグマウス天童は陽性の馬鹿として演出されており、シナリオスクールの脚本にダメ出しをしつつ自分の作品は書かないというクズ野郎なのに嫌な奴には感じない。宇多丸さんも指摘してたけど、安田章大の個性による所が大きい。これ、他の人が演じたらとんでもない嫌な奴になってたと思う。作中のリアリティでいうと一番ウソっぽいキャラなんだけど、これ馬淵さん一人だけだったら絶対観てられない。バカが一人いるだけで、深刻な話に少しだけ楽な空気が入ってくるというか。

後、馬淵さんの元彼の岡田義徳も素晴らしい。役者の夢を捨て介護施設でヘルパー(多分あの業務はそう)として働く、よく出来た人なんだが、彼がいることで

馬淵さん:夢を諦められない人

天童:夢を見始めた人

松尾くん:夢を諦めた人

の三者三様のグラデーションが出来ている。特に凄かったのは失敗と挫折でボロボロになった馬淵さんが松尾くんの家で号泣し(ここの麻生久美子の演技とそれを「困ったな感ありありで」聞いている岡田義徳の演技は最高!)、一線を越えてしまいそうになるシーン。あんなにエロくて気まずいシーンは初めて観た。凄いなこれ!ここだけでも観た方がいいくらい。

本編を観ればオチはすぐに分かってしまう。これは脚本家の夢を目指してずーーーーーっと頑張ってた馬淵さんが「夢を諦める」までの物語。そういうタイプの映画と分かっていてもラストの新人脚本家コンクール授賞式では期待してしまう。それがミスリードと分かっていても。馬淵さんあんなに頑張ってたのになあ...せめて一次は通らせてやれよ。と思ってしまったのだから私は演出にのったいい観客なのだろう。

後、一番ぐっと来たのが居酒屋で天童が学芸会で桃太郎の脚本を滅茶苦茶に書いたらすげえ受けたのが脚本家になったきっかけという他愛もないエピソードを聞いて号泣する馬淵さんのシーン。周りから何故泣いているの?と言われるが答えられない馬淵さん。本作では描かれないが彼女の初期衝動も天童と一緒だったのでしょう。そして、それは長い不遇で忘却してしまった事に気づかされたという...

夢を持っていた人も夢なんてなかった人も等しく彼らの生き方に共通するものを見つけられるだろう。

宇多丸さんは本作に「夢は叶えられなかったら呪いになる」という名言を残した「仮面ライダー555」8話(傑作!)を投影してるけど、私は「がんばれ元気」の山谷さんのエピソードを思い出す。山谷さんは万年4回戦ボクサーで一度も勝利したことがない。自分で最後だけは勝ちたいと誓ってリングサイドに主人公元気と自分の息子を招待するって話。今思い出しても涙腺が緩む。夢を諦めるしかない凡人とそのバトンを渡された人の話って点でテーマは一緒かも。


関ジャニ∞の安田章大目当てで来てた女性客も泣いてたよ。泣いてたから良い映画って訳でもないけど、良い映画。一生憶えてるリストに入る映画。
せんきち

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