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アルプスのakrutmのレビュー・感想・評価

アルプス(2011年製作の映画)
3.9
愛する人を亡くした家族の喪失感を癒すために故人を演じるサービスを展開する謎の集団「アルプス」に属する看護婦が、勤務する病院で亡くなったテニス選手の若い女性を演じるうちに虚実の区別が曖昧になっていく様子とその顛末を描いた、ヨルゴス・ランティモス監督のドラマ映画。今や国際的に活躍する売れっ子監督の仲間入りをしたヨルゴス・ランティモス監督が、出世作である『籠の中の乙女』の次に制作した作品。監督自身はそのように括られるのを嫌がっているが、ギリシャの奇妙な波と呼ばれるムーブメントの代表作とされる。

本作で描かれるのは、遺族のために故人のふりをするという、一見すると有り得そうだが、確かに「奇妙」なサービスである。でもちょっと考えればわかるように、こんなサービスは現実にはあり得ない。なぜならば、故人を知らない人向けではなく、故人を一番よく知っている人々に向けて、別に容姿が似ているわけではない他人が故人のふりをしても違和感があるだけで、何の癒やしにもならないのは明確だからである。

映画の中でも、そんな非現実感を強調するように、アルプスのメンバたちが故人のふりをする演技は、台本を機械的に読んでいるような人工的で非感情的である。その非感情さは彼/彼女らの私生活までにもおよび、現実と虚構の境界が曖昧になってくる。特に、主人公の看護婦は滑稽なまでに虚実の区別がなくなっていき、狂気の世界にまで踏み込んでしまう。つまり、彼/彼女らが行っているのは演技ではなく「ごっこ」なのであり、社会における大人の「ごっこ」の違和感が表現されていると言ってよい。なお、ヨルゴス・ランティモス監督は脚本家のエフティミス・フィリップとともに映画のネタを探している中で、いたずら電話をしたり自分の死を知らせる偽りの手紙を送るような人々から本作のヒントを得たと、インタビューで語っている。

そんな奇妙な世界が魅力的な映像で描かれていて、俳優たちの奇妙な演技とあわせて不思議な余韻を残す作品である。主人公の看護婦を演じたアンゲリキ・パプーリャの年齢不詳で幸薄そうな感じがグッド。へんてこな踊りが出てくるのは、やはり奇妙な波の特徴なのか。アルプスのもう一人の女性メンバで新体操選手の女性を演じているのは、ヨルゴス・ランティモス監督の妻であるアリアン・ラベド。新体操がとても上手だけど、実際にやっていたのかな。
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