なみき

ハンナ・アーレントのなみきのレビュー・感想・評価

ハンナ・アーレント(2012年製作の映画)
5.0
悪の問題に挑み続けた哲学者アレントの伝記映画。といってもアレントの生涯が語られるわけではなく、アイヒマン裁判とその後に書かれた『エルサレムのアイヒマン』に関する出来事にのみ注目するようなストーリーになっています。

アレントというとなんとなくかっこよくてきりっとしたイメージで、それもその通りでしたが、それ以上に夫や友人に向ける愛に溢れた態度や、ひどい糾弾を受けてなお人々を見る目が優しいところが印象的でした。そしてラストの講演の迫力! チャーミングで、優しくて、誰よりも誠実で、だからこそ思考し語らなければならなかった人物。そうした描き方だったように思います。

なんとなく、作中では単にヒステリックとされていたユダヤ系の人々の反応も、個人的にはわかるんですよね。特にイスラエルの友人。アレントの語る「民族を愛したことはない、愛しているのは友人だけ」という言葉は美しく、そしてとても正しいと思うのだけど、たぶんあの友人はユダヤ人であるということがアイデンティティの基盤をなしていて、だからこそイスラエルに行ったのだろうと思えて、きっと彼にとっては友人への愛よりユダヤ人への、ユダヤ人としての彼への愛のほうがアレントの口から聞きたかったのだろうと。そしてたぶんアレントにもそれはわかっているのだと思う。それでも、アレントはアレントで、苦難をくぐり抜けたからこそあのように思考を進めなければならなかったのだと、誰よりも徹底的に悪について考え抜かなければならなかったのだろうと思います。
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