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インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌のNMのレビュー・感想・評価

3.5
音楽好き、ギター好きにお薦め。歌に溢れた映画。

最初に歌われる数曲で、作品の世界観が全て表現されている。
ジムの書いたロケットがどうとかいう曲が余計に酷くみえる。

父親が分からないから堕ろすとかいう件は胸が悪くなるが、別に作品の主張でもなんでもなく、そうした現実を描いただけだろう。女や前の彼女や猫が可愛そうだが、ルーウィンだけでなく彼女たちも猫もみな大変な人生を送っている。一台目の車のドライバーなども運に見放されていて酷そうだ。
その女友達は、絶縁テープで巻けとまで言っていたが、最後には本当に辞めるのかと態度が軟化する。ルーウィンは頼りないし身勝手だが、周囲にとっては、どうもそこまで憎みきれない人間らしい。
最初は、笑えないコメディのような印象を持ったが、ここで投げ出さず最後まで観て良かった。後半はじわじわと状況が深刻になり、本当に笑えなくなってくる。

トラブルが続くとは知って観たが、ここまで続くとは。
ルーウィン役アイザックが、冴えないダメ男っぷりをとても上手く演じている。いかにも要領が悪そうな意思の弱そうな、ぼけっとした表情。何をしても失敗、反省を口にしても上辺だけ、たまには言い返すが大喧嘩まではしない。厭世的な面も、諦観の念も感じる。喧嘩するにもパワーというものが要る。

トラブルが続く話なので、毎回きちんと対応してしまう男では主演はできない。
作品の中では売れない歌手だが、歌唱シーンはとても良い。

ルーウィンの人生はフォークそのもの。ギターとわずかな金だけで何キロも旅をし、ついに力尽きる。
そして最後の歌を、シャウトでもなく、ヘドバンでもなく、穏やかに切々と歌い上げる。
馬鹿な俺さ、俺の人生こんなもんさ、と自嘲でもするように。
思えば人生の終着点である死へ向かって最短距離を歩んでいるような人生。
愚かで哀れな男かも知れない。
しかしそれが人生。器用に成功する者もいれば、自滅していく者もたくさんいる。

舞台に出る歌手は他に何人も登場する。彼らのうちにはルーウィンと同じような人生を送る者も珍しくないのだろう。

フォークだけでなく、しばらく音楽のないシーン、それからマーラーの声楽、とメリハリも効いていて、それぞれの展開の印象を強めている。非常に上手い。

終始猫がかわいい。他の酷い状況と対照的に罪のない存在。
特に、旅についてくる入れ替わった方は天才俳優。ルーウィンの顔を向ける方に顔を向けるのが本当に不思議。話を理解しているかのよう。ぬっと顔を出して後部席をおどかすのも面白い。
別れの表情も完璧。語っているかのよう。

ラストの構成は素晴らしかった。こういった冒頭の結論のチラ見せのような作りは、正直最後を見るまでの間に忘れてしまうことが多いのだが、こうして時代が回っていくということがよく伝わった。

メモ
ウェルシュ・レアビット……チーズや卵で作ったソースを食パンに乗せ、オーブンで焼く。クロック・ムッシュに似ている。ウェルシュ・ラビットとも。
ミダス王……ギリシャ神話におけるプリュギアの王。神ディオニソスに、触れるものを何でも黄金に変える力を願うが、食べ物も触れず、娘にも触れない状況になる。続いてアポロン神の怒りに触れ、ロバの耳を付けられる。それをバラした者を許してやったので、神は元通りに戻してやる。
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