怨念大納言

きっと、星のせいじゃない。の怨念大納言のネタバレレビュー・内容・結末

4.5

このレビューはネタバレを含みます

「私はグレネードなの」。
常に死が背後に立つ主人公は、大好きな人たちを傷付けないように孤独でいようとするけれど、親は子供を愛する事をやめられないし、恋人は恋人を愛する事をやめられない。

双方が癌患者という他は凄くストレートな恋愛映画なんだけど、死の描き方が安易でなく、退屈は全くしなかった。
都合よく美化もされないし、映画の為に異様に痛ましくもされていない。

説明に過不足がなく、テンポもよかったり、映画として優れた点が沢山あるんだろうけど、オーガスタスが桁外れにイイ奴!

親友が失恋すれば、未だ足があった頃のバスケのトロフィーを壊させてあげる。(ヘイゼルとの出会いもあって、彼自身が過去の栄光を捨てたがっていて、いいきっかけに思ったのかもしれない。)
シンボルが大好きで、火のないタバコを咥えて、オランダ人の骸骨遊具でオランダ産のサンドイッチを食べて。
ヘイゼルについても、干渉しすぎず、ほっておきもせず、確かに支え続ける。

真摯で、 前向きで、ユーモラスだけれど、ちゃんと弱い。

ヘイゼルは、最初からいい子だったというよりは、オーガスタスによってぐんぐん成長する。
死、愛、家族、時間、苦痛、人生、忘却、夢、諦念、選択、承認。
全人類に突き付けられる途方もなく巨大で堅牢な壁。彼女は限られた時間の中で、「OKAY」と呟きながら前へ進む。

人は無限に生きられない。
50年の人、100年の人、18歳の人。
有限の人生の中で、無限に続く愛しい少数を刻む。
我々は無限の有限を生きていて、刻み方と刻む相手を選ぶ事が出来る。

一つでも多くの少数を刻みたくなる映画。
怨念大納言

怨念大納言