純

マダム・マロリーと魔法のスパイスの純のレビュー・感想・評価

3.7
料理は思い出。思い出の力が、あの味とあの記憶を、また目の前に作り出してくれる。懐かしさを呼び起こすのにほんの少しの新しさも味方につけて、今日も僕はあの教えを反芻する。

忘れられない過去を持ったインドの少年と、フランスのマダム。どちらも大切なものを失って、重心がわからない時間を経て、今日厨房に立っている。自分だけのお守りを抱きしめて、それぞれ胸をときめかせる品々をテーブル上に広げていく様子が、なんだかとても孤独で、直向きで、誠実だった。きっとふたりの作り出す料理の味は似ていると思う。インドのスパイス、フランス式の調理法、そういった形式にとらわれない芯の味が、香りが、ふたりの作り出す思い出からは溢れ出るはずなんだ。

マダムとインドの家族がぶつかり合ったのは、お互いを傷つけるためじゃない。守りたかっただけなんだよね、大切な場所や時間を。壊したくなくて、怖くなってしまって、強引なことでしかわかりやすく自分をガードすることができなかった。それでも歩み寄れたのは、相手への意地悪の中に、残り続ける敬意があったから。意地の張り合いも、本物の味や熱意には負けてしまう。素敵なものを探し出すのに、悪意なんて必要ないよ。

料理は思い出。この台詞がこの映画を表す一言なんだろうな。活躍した彼が選んだ場所、マダムが大切にしてきた場所、それらを最後まで観ていたらすぐにわかる。ふたりがこれまでの旅をどう振り返って、これからの旅をどう進んでいくのか。邦題は『マダム・マロリーと魔法のスパイス』。料理を連想させるものになっているこの作品の原題はThe Hundred-Foot Journeyだった。旅の話なんだよね。みんなきっと、自分の分身を見つけて、守りながら旅を続けていく。マダムたちにとっての料理がそうだったように、わたしたちも、わたしたちに欠かせない大切な何かを。これからたくさんの時間を捧げていくその大事な分身を、わたしたちはもう、誰にも奪わせやしないんだ。
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