にしやん

野火のにしやんのレビュー・感想・評価

野火(2014年製作の映画)
3.9
太平洋戦争で戦死した日本軍人・軍属の総数は約230万人。その内で140万人、戦死者の約60%が戦闘による戦死やなしに、食糧が補給されないために起きた飢餓地獄の中での野垂れ死にやったんや。

この映画は戦後70年を迎え、日本の社会状況の右傾化に危機感を感じた塚本晋也監督が単独自主制作で、大岡昇平原作の「野火」の完全実写化に挑んだ問題作や。本作にはもう国家も、軍も、敵も味方もあれへん。せやけどこれもまさしく戦争の現実やわ。大義としての戦争が全く関係なくなってしもた後に起きる「地獄」や。戦うべき、倒すべき敵は消え失せ、国家の庇護も、仲間も失い、飢えと孤独と狂気の極限状態のなかで、生き残った自分の生への執着だけを頼りに、あてもなくただただジャングルを彷徨い続ける。こうなってしもたら、もはや戦争ではなくなってしもた戦争、戦争とはこの世の地獄であるということを、本作はひたすら訴えようとしてるわ。

まずは、戦闘能力を完全に失った日本兵がただただ死体という肉塊に化すだけの殺戮、虐殺ショー。血しぶき、剥がれた顔面、もげた腕や足、臓物、脳ミソ。死体の山、山、山。その後は、何か月も何も食うもんがない極限の飢餓の中で繰り広げられる、もはや人間でなくなった日本兵による弱肉強食ショー。殺されて人に食われるか、殺して人を食うか。死ぬも地獄、生きるも地獄や。

なんでこんな地獄が起きたんかということや。確かに、日本軍は、制空権も制海権も実質失いつつあんのに、弾薬・食糧などの兵站支援を全く考えんと、大量の兵隊を戦地に送ったということもあるやろ。これは日本軍が敗北を重ねた戦術的な理由にはなるわ。せやけど、戦闘で負けたからっちゅうて、それだけで兵士の半数以上が餓死する理由にはなれへん。

問題の根本は、日本軍の軍規が、降伏を許さんかったからや。投降に厳罰を科し、逃亡者や捕虜になろうとしたもんに対してはジャングルの中でも軍法会議や上官の判断で処刑してきた日本軍の軍規が投降を妨げたんや。万策尽きた指揮官が部下の命を守るために降伏を選ぶことを許さへん方針が、どんだけようけの日本の兵隊の生命を無駄にしたかわからへん。

残された兵士の遺族に対しての国の補償である遺族年金の支給基準にしたかて、旧日本軍の軍規に基づいてる。遺族による運動で1970年代に法改正されて、逃亡者や処刑者へも遺族年金支給の対象者になったけど、それまでは、逃亡者や処刑者への遺族年金支給を厚生省は却下してきたんや。靖国神社とかは今でも逃亡者、処刑者は「不適格者」として合祀を除外してるで。

そない考えると、映画で描かれた様々な地獄には、それを引き起こした原因があるっちゅうことや。原因があって結果があるんであって、戦争が地獄であることには間違いないねんけど、日本兵同士に食うか食われるかの殺し合いをさせたんは、日本の政府であり、軍であり、靖国神社であり、戦争指導者であり、それを支持した多くの国民でもあるってことやな。最後に主人公が見た「野火」は戦争から70年経った今を生きるわし等に対する警告なんやろな。次にまた新たな地獄を引き起こすんはわし等かもしれんということや。

映画に関してちょっとだけ。銃撃による残虐シーンについてはそこそこ頑張ってたと思うけど、飢餓による極限状況の描き方、人間が人間でなくなっていく恐怖の描写についてはもうちょっと頑張ってほしかったかな。それと、全般的にセリフが聞き取りにくいのもアカン。この2点だけは惜しい。戦争を経験した方々がどんどん亡くなられてる中で、8月15日終戦記念日の特別上映、是非これからも続けていってほしいもんやな。
にしやん

にしやん