野火の作品情報・感想・評価

「野火」に投稿された感想・評価

これをみた後自分の生活を振り返ってみるとめちゃくちゃ幸せに感じた。
がみー

がみーの感想・評価

3.2
戦場と言う名の地獄をさ迷う男。こんな所に一般人が兵士として送り込まれるんだからやっぱめちゃくちゃ狂ってる…描写に容赦が無さすぎて最早ホラーだった…こわやこわや🙏 https://t.co/nlaqaK3QAr
黒味噌

黒味噌の感想・評価

4.0
一斉掃射のシーンの壮絶さは背筋が凍る

カッコいい戦争映画など作るべきじゃないな。そんな戦争は存在しないから。

「お前もなあ、ぜってえ俺を食うからな」
mee4ee

mee4eeの感想・評価

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戦争のリアルな異常さを見せてくる描写が平和ぼけしてる私にはヘビーでした。久々に戦争映画見たけどこの過去の現実や戦争を教わる場所から年々離れて大人になっていく世代である危機感を感じたしケンタッキー残したりして食べてる自分恐ろしいなと思った。

気くるっても生きようとする根性とか意味とか知らず
平凡な日常に有り難みを感じづ退屈とか言って生きてるし

戦争を知らない事は生きてる人としてこわい事だと教えてくれる映画
たま

たまの感想・評価

4.5
いままで観たどんな戦争映画よりもキた。「プライベートライアン」とか「ブラックホークダウン」とか「ダンケルク」とか「ハクソー・リッジ」とかより生々しくてやばい。

戦争も病も飢えも等しく人の命を奪っていくが、人間性を失って生きるのであれば死んだほうがマシと思ってしまった。

そこかしこに崩れて腐した屍体が転がっていても恐怖の声も上がらないのね。ビジュアルのエグさはそのまま前線下の平常としてしか扱われておらず、だんだん慣れてくる自分の視点が登場人物たちの異常さと少し重なっていることに気がついた。あの中にあって狂い切れなかった村田、むしろそのまま帰京してからのほうが精神が耐えられないかもしれない(原作では耐えられなかったところまで述べられているようですね)。

たかだか70年ほど前に、わたしたちの祖父たちが若者だった時に、起きていたかもしれないこと。今でも世界のどこかで起きているかもしれないことだと思うと....。
HK

HKの感想・評価

3.8
大岡昇平原作の小説を、「鉄男-TETSUO-」「双生児」などの塚本晋也が主演兼監督で実写映画化。キャストは他にもリリーフランキーなど。

市川崑さんが撮った映画のリブート版ですね。一本の映画としての出来はとてもいいです。でも残念ながら個人的な感想としては旧作越えはなりませんでしたね。

主人公の田村を演じるのは監督の塚本晋也さん。旧作で演じていた船越英二さんよりも人間味が若干ある。安田から手投げ弾を奪い返そうとするシーンなんか特にそうだ。あれが普通の対応だ。以前の田村はその冷静さからかある種の戦場の狂気性のようなものを帯びていた。今回の田村はより人間味があるため、臨場感が観客に伝わりやすいのかもしれない。

モノクロだった前作とは違い、カラーとなった今作は舞台となる戦場の地獄絵図っぷりがより鮮明に見える。辺り一面にゴロゴロと横たわる死体。その死体から湧き出る蛆虫も含め、視覚的にも前作以上にエキセントリックになっているのが分かる。

そして目だけでなく、耳からも印象に残るようなシーンがある。中盤あたりで自爆する兵士。想像以上に大きい爆発音を立てて自爆する。前作が山の上からの俯瞰撮影が主立って、より神の視点から戦争を眺めているのに対し、こちらは主人公の田村から見た地上撮影のシーンが多く、そこがこの映画に更なる臨場感を醸し出す。

人肉の食事シーンなども、旧作が間接的に表現しているのに対し、今作はより直接的な表現にこだわっているのだと感じた。よりヴァイオレンスかつエキセントリックに、塚本晋也さんのアート性を前面に出した作風となった。

しかし、そのような直接的な描写を多くとるよりも、間接的にだしながら恐怖を出す前作の方が、趣があるかつ映画的にもそっちのほうが好みのため、この点数にした。

だが非常に良い戦争映画を見れたと思う。他にも日本の戦争映画を見てみたいと思う。
ちゃか

ちゃかの感想・評価

3.5
戦友の為に!とかいっさい排除した戦争映画。ほんまっぼいから余計怖い。観終わってどんよりするけど70年ぐらい前にあっただろう現実に狼狽えるわ。
今の日本は平和やなと実感。
飢餓に苦しむとああなるんやろうなぁ。
ちょっと太った!痩せんと!とか考えてるおれは幸せ。
Dick

Dickの感想・評価

4.8

このレビューはネタバレを含みます

A まず、大岡昌平の原作「野火(1951/1952)」も、市川 崑の『野火(1959)』も知らない状態で観た。2015年7月31日。

評価は4B★★★☆(3.5)
その時の感想は:

❶塚本監督の言いたいことは、ちゃんと伝わった、理解した。
「戦争、特に最前線現場の悲惨さは名状しがたい。それは人間性を破壊する。その苦しみは経験者でないと分からない。我々は、そんな事態を二度と起こしてはならない。」

➋しかし、全体に残酷描写がきつすぎると感じた。
①頬が裂ける、腕や足が千切れ飛ぶ、頭が潰れる等々。
②手榴弾を投げられ、田村の肩が裂ける。その肉を自ら食べる。
③これは反戦映画のリアリズムの枠を超えている。
④これ等のシーンがなくともメッセージは伝わる。
⑤しかし、映画人塚本晋也の立場から見ると、「塚本ワールド」として納得は出来る。

➌食料補給のない状態でジャングルに送り込まれた兵士達。彼等の選択肢は2つしかない。
①餓死する。
②カニバリズム。死んだ人間又は殺した人間の肉を食べる。
生き延びる道は②しかない。
敵でも味方でも肉に変わりはない。

❹本作ではリリー・フランキー演じる安田が、森優作演じる永松に「猿狩り」と称して人間を殺させ、その肉を乾燥させて食べている。
彼等を責めることは出来ない。
責めるなら、彼等をそんな状況に追い込んだ日本軍の上層部だ。

❺一番ワサビの効いたエピソード;結核になった主人公、田村一等兵(塚本晋也)が部隊と野戦病院をたらい回しされる。
①実戦でも支援活動でも役立たずの田村は食料のイモを与えられて、病院へ行けと命じられる。
②重傷者と病弱者だらけで食料も困窮している病院にとって、見かけは異常のない田村は、受入れられず、食料だけ取られて追い返されてしまう。
③部隊に戻れば、「お前は必要ない。与えた食料は5日分だから、5日間は病院に居ろ」と、ここも追われる。
④病院に行けば、「食料はとっくに無くなった。帰れ」と又もや追い返される。
⑤部隊に戻ると、「何で帰ってきたのか。病院が駄目なら、これで自決しろ」と手榴弾(映画では「てりゅうだん」、原作は「しゅりゅうだん」)を渡される。
⑥もう一度病院に行くと、前の草むらに彼と同じように入院を拒否された兵士達がたむろしている。彼もその仲間になる。
⑦その病院も米軍の空爆で爆破されてしまう。

❻2番のワサビ:赤十字マークのある米軍のジープの前に白布を掲げて投降した日本兵を、同乗していた現地レジスタンスの女が狂乱状態になり、米兵の制止を振り切って、機銃で撃ち殺してしまう。

❼これ等すべてが戦争の実態なのだ。


B 次いで、大岡昌平の原作を読んだ。

❶原作は主人公田村の手記として、終始、モノローグで語られる。

➋塚本版の残酷描写は原作に忠実だった。
違う点は、原作では過去の死体の描写がメインであるのに対し、塚本版ではリアルタイムになっていて、衝撃が強いこと。更にカラー映像が拍車をかけている。

➌田村一等兵が現地の教会の司祭館の書棚にエドガー・ウォーレス(注1)の犯罪小説があることに気づく。
このことから、田村が英語を理解し、日本でエドガー・ウォーレスを読んだことのあるインテリであることが分かる。

(注1)エドガー・ウォーレス(Richard Horatio Edgar Wallace、1875 - 1932)はイギリスの作家。1910-20年代に推理・スリラー小説で一大人気を誇り、また映画『キングコング(1933)』の原作でも知られる。ロンドンに生まれ、様々な職を経験の後に陸軍に入隊し第二次ボーア戦争に従軍、南アフリカで通信記者を経て、帰国後にスリラー作家としてデビュー。非常に多産で、当時イギリスで読まれた本の1/4はウォーレスの作品だと言われたほどだった。1931年の総選挙で敗れた後、アメリカに渡りハリウッドで映画の脚本を手がけ、『キングコング』や、J.G.リーダーものの推理ドラマ、グリーン・アーチャーものを残した。作品は5000万部以上を売り上げ、『エコノミスト』誌では「20世紀で最も多産なスリラー作家の一人」としている。
IMDbによれば、1915年~2014年の間に216本もの作品が映画化、又はTVドラマ化されている。その大半は日本未公開である。

❹上映時間枠が限られた映画では、原作の全てのエピソードを取り入れることは出来ない。
「カットした部分を、映像により補い、創造し、原作以上のものに仕上げる」。
これが映画の醍醐味だ。

❺このことを踏まえた上で、残念に思ったことが一つだけある。

それは原作にあった次のエピソードが映画ではでカットされていたこと。

米軍の捕虜となった主人公が戦後帰国して、妻と再会するが、5年後PTSDで精神病院に入院する。
そこに配られる新聞を読んだ主人公が杞憂(きゆう)する:

「新聞の報道は、私の最も欲しないこと、つまり、戦争をさせようとしているらしい。現代の戦争を操る少数の紳士諸君は、それが利益なのだから別として、再び彼等に騙されたいらしい人たちを、私は理解出来ない。恐らく彼等は私が比島(ひとう=フィリピン諸島)で遭ったような目に遭うほかはあるまい。その時彼等は思い知るであろう。」

❻60年以上前に大岡昌平が杞憂(きゆう)していたことが、今の日本に起こっているのだ。
このエピソードは入れて欲しかった。

❼原作を読んだことにより、最初の評価を変更する。4B★★★☆(3.5)⇒4B○★★★★☆(4.8)


C 最後に市川 崑の『野火(1959)』DVDを観た。(4B○★★★★)(4.3)

❶1959年製作という時代性もあってか、描写が随分緩やか。
①原作では、日本の敗残兵の死体について、「横腹から親指ほどの腸が垂れ下がっていた」、「頭部が蜂に刺されたように膨れ上がっていた」、「臀部の服は破れ、骨が現れていた」等の具体的表現がある。
②市川版では白黒で、アップがないので、ただの死体にしか見えない。
③塚本版では生々しい描写がある。

➋主人公が自分の肉片を食べる。
①原作では安田の投げた手榴弾が田村の肩から一片の肉をもぎ取る。それを田村が食べる描写がある。
②市川版では手榴弾を投げるシーンはなく、音のみ。だから食べるシーンもない。
③塚本版では具体的な描写がある。

➌主人公が人肉を食べる。
①原作では田村が「猿の肉の干しもの」と騙されて「人肉」を食べ、「うまかった」と表現している。
②市川版では田村は歯が悪いことを理由に食べさせない。
③塚本版ではしっかり食べさせている。

❹エンディング
①市川版では田村が両手を上げて投降するが、撃たれて倒れるところで終わっていて、帰国後のエピソードは全面カット。
②本版では、原作に近く、帰国後のエピソードもあるが、随分省略されている。

❺まとめ:
①映画としては塚本版に軍配。
スポンサーがつかない厳しい状況で良くも撮り上げたことに敬意を表したい。
これは、市川版を過少評価しているのではない。あくまで、現在の視点で比較した場合の便宜上の評価である。
②しかし、残念ながら、原作を超えることは出来なかった。
③60年以上も前に、戦争右派の台頭を予測している大岡昌平には、最高の敬意を表したい。
一貫してドラスティックに人体と異物との境界について描いてきた塚本晋也が辿り着いた戦争映画の極北。
これを観た後では『プライベート・ライアン』や『ハクソー・リッジ』すらも生ぬるい。

もはや生きてるのか死んでるのかもわからない肌や血の「黒」を見続けた後の、ラストの舌のあまりにも鮮やかな「赤」。グロい花。

この夢に出そうなまでの色の凄まじい効果は、デジタル撮影ならではの発色の賜物。

塚本晋也も中村達也もリリー・フランキーも元は本業は俳優ではないのに、異常なまでの顔面力の高さ。

学校の授業とか、テレビで毎年放送するべき。
「生物の多くはどうして、同種殺しを禁忌にしているのか?」
という根源的な問いに「戦時中の飢え」というテーマの本作から答えの一つを得ることが出来た。

同種を食べなくてはならない程の環境は異常だ。
同種同士で殺し合う事がルールの環境下でも、自身らは飢えに苦しみ今にも死にそうである。
何重もの矛盾の中で、人間と動物を行ったり来たりする兵士達の姿は虚しさではなく衝撃と表すのが正しいと思う。
理解のはるか先にいる生物のように感じられた。

そこまでむき出しになっている作品。
それでもこれはどうしようもなく反戦映画だ。
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