真田ピロシキ

野火の真田ピロシキのレビュー・感想・評価

野火(2014年製作の映画)
4.0
本当は8月15日が近いからと言って戦争に関連する映画ばかり見るつもりはなかったんだけどなんとなくそんな流れになってしまい当日は信頼する塚本晋也監督の本作を選択。3度目の鑑賞となる。市川崑版も見たことあって、原作は途中まで読んでる。

激戦地を描いた戦争映画でありながら特徴的なのは敵であるアメリカとの戦いが映らないこと。戦闘機は目に映らず、夥しい人体破壊を展開する機銃掃射シーンでも米兵の姿は徹底して見せない。投降しようとする日本兵を撃ち殺す人物としてはっきり姿が映るのは怒れるゲリラ、いやもしかしたらあれは米兵に保護された日本に恨みを持つただの現地人なのかもしれない。そして殺す相手も米兵であることは一切なく現地人ばかり。アジアの解放をお題目にしてたはずなのにこのザマだ。誉れある大日本帝国の欺瞞ここに。

この時点で決して日本軍にカッコをつけさせないという強い意志があるがまだまだ容赦がない。カニバリズム。現地人を、更には仲間をすら喰らうおぞましさと不名誉。この地獄の苦しみから主人公ですら逃れられなかったことに誰しもが、例え理知的な人間であろうとこの状況に陥ったら同じ事をしてしまうに違いないと主張する。主人公は現地人も殺しているのでますます罪深く、それらの事は運良く生きて国に帰っても長く心を苛み続ける。

これで国のために命を捧げたエイレイというファンタジーを消費したがってるアイコクシャ様達に言ってるんだと思うよ。そんなヒロイックな言葉が入り込む余地は全くなかったし、こんな無惨で無意味な死を遂げた人たちをそう呼んで誤魔化すことこそ冒涜だ馬鹿野郎ってね。そして耳障りの良い過去しか聞きたがらなくなっている人達にそんなんじゃ利用されて使い捨てられるぞ警鐘を鳴らす。

毎年この季節になると本作を各地の映画館で上映されてて、いよいよ当時の生の声が消えていってる中、都合の良い歴史に埋めさせてなるものかという抗いが感じられる。グロ描写は激しくカメラは揺れて非常に気持ち悪さを煽られるが、その不快感こそ狙ったところなので、未見の人は本作の兄弟作と言える塚本監督の次作品『斬、』と共にご覧になって欲しい。