矢嶋

ローマに消えた男の矢嶋のレビュー・感想・評価

ローマに消えた男(2013年製作の映画)
3.9
エンリコ/ジョヴァンニを演じたトニ・セルヴィッロがとにかく見事。
影と憔悴を感じさせる状態から徐々に豊かさを取り戻していくエンリコ、ユーモアがありながらも惹きつけられるカリスマを感じさせるジョヴァンニ。まさに別人のように見える二役を巧みに演じ分けていた。

彼のキャラクターだけでなく、映画全体として軽妙な雰囲気作りが上手い。美術や役者からシックで洗練された印象が漂うものの気取りすぎない軽やかさを感じる。こうした雰囲気とテンポの良さもあり、あっという間に見終わる。

本作は説明的な描写をなるべく省いているが、それで違和感があるのはせいぜいマラといつの間にかくっついた所くらいか。
イタリアの情勢が自然と伺えるし、逆にこちらの想像に委ねられている部分も心地よく機能している。

ジョヴァンニの演説は実際に見事で魅了されるものだが、実は理念のみを語っており具体的な政策には触れていない。最初は尺の問題で省かれているのかと思ったが違うように思う。
彼はあくまで政治家のしがらみから自由な哲学者として、思想を存分に語ることこそが役割だったのだ。そして、彼が自分より支持されているのに焦るでも悲しむでもなく、むしろ状況に幸せを感じているように見えるエンリコ。言ってみれば両者が共に幸せな状況である。そして、アンドレアがどうにかするだろうとエンリコが語っていたことを考慮すると、最初から劇中のような状況になることを見越して仕組んだようにも思える。
そうした構造を考慮すると、ラストの彼はどちらなのかという謎もまた魅力を増す。

こうしたミステリー的な魅力もありつつ、小難しい感じにならず軽やかな雰囲気を感じさせるのが魅力的な作品だった。
矢嶋

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