矢嶋

悪は存在しないの矢嶋のネタバレレビュー・内容・結末

悪は存在しない(2023年製作の映画)
3.7

このレビューはネタバレを含みます

とにかく撮影技法が凝ってて、画面がかっこいい。山の中を縫うようなトラッキング、車の後部座席から後ろを映す、低い視点から木々を見上げるアングル…等。そして、薪割りのシーン等ワンカットが長い。

そして、音楽もすごくいい。石橋英子以外に、Jim O'Rourke、石若駿、Marty Holoubekといった有名どころが参加しており、クレジットで驚いた。曲自体もいいのだが、カットや展開の切り替えに効果的に使用されており、驚く程ぶつっと曲が切れる。

役者に関しては、巧を演じた大美賀均が濱口作品によくある、よく言えば抑制されて映画っぽさを排した、悪く言えば棒っぽい演技で最初結構戸惑った。しかし、話が進むにつれて彼は心情がはっきり見えない方がいいのだと分かりしっくりきた。逆に、高橋と黛の役者はすごくそれっぽくて最初から素直に受け止められた。コンサルの人の胡散臭さとか。

脚本は結構癖があったと思う。
序盤は何をしているのか分からないが、画の良さで自然と作品にのめりこむ。説明会の辺りから話が分かりやすくなり、生々しい嫌さが感じられると共に、住民の意見がすごく理路整然としていて面白い。なんとなく、ものを知らない田舎者が先祖代々の土地を云々みたいに感情論で反発するのかと思うところを理論的に描くのがいい。黛の「住民はそんなに馬鹿じゃない」というのは、視聴者に対して言っていると思う。

説明会が終わってからは高橋と黛に共感できるように描く。会社における苦労という点でこちらも生々しく嫌な要素であり、だからこそ面白いところでもある。二人が車の中で本音をさらけ出す場面はかなり好き。
説明会では住民にとってのデメリットをあえて無視しているのか単に思い至らないのか分からなかったが、これで後者であったと分かる。

高橋は軽い気分でスローライフ的に村へ移住する等と言うし、居場所をなくした鹿がどこに行くのかについても深く考えない。聞いたことのない音を銃声だと推測したのと同じく、よそ者の想像なのだ。
それは上流の水が下流に影響を及ぼすのと同質なのだが、そういう発想にはならない。しかし、それは悪いことではなく、都会で普通に生きている人の平均的な思考でしかないのだ。この点も、「悪は存在しない」と言え、バランスが上手いなと思う。

その後は巧がいわば人間と自然とのバランスをとるように、高橋・黛と触れ合っていく。ここまではむしろ分かりやすいと言えるわけだが、ラストは率直によく分からなかった。
虚心に見れば、直前に説明を聞いていたので高橋も鹿の危険性を理解していて、花を咄嗟に助けようとしたと理解した。仮に彼が素人だからかえって事態を悪化させるのを懸念したのだとしたら、普通に止めればいいのであってあそこまでする理由はない。しかも、巧がさっさと助けにいかなかったせいで花が怪我した(死んだ?)ように見える。更に、高橋は生きているようだし。

色々解釈はできる。人間による開発というデメリットを受け入れるように、自然から受ける損害も受け入れるべきと思った。自然と人間のバランスをとるために、双方の象徴を犠牲にするべきという思想。花への関心が薄いようにも見えたので、穿った見方だとあえて見殺しにした…等。

なんにせよ、多様な解釈ができるのは悪いことではないし、本作の作風的にも説明的になるのは野暮だろう。しかし、それまでの流れがそれなりに明確であったこととからすっきりしない感は正直あった。あとは、監督のインタビューにおける受け答えがノイズになった点も若干あるかもしれない。
矢嶋

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