真田ピロシキ

FOUJITAの真田ピロシキのレビュー・感想・評価

FOUJITA(2015年製作の映画)
3.4
体調悪くて休んだ日に見始めたら退屈で眠いとしか思えなくて後半の日本部分を翌日見たらこっちは見入ってた。こういう映画を見るにはやはり体力と気力がいる。

戦前のフランスで時代の寵児となりながら戦時中は戦争協力画を描いて画壇の高い地位に就いていた藤田嗣治の葛藤にフォーカスしたりはしていない。劇中の藤田は戦争に見込みがない事はよく分かっていて言葉の節々から苦々しく思っていることも伝わってくる。だが筆を折るレジスタンス的な画家ではなく、義理を通すために貰った陸軍将校の服に袖を通して周囲を歩く強かさで戦時を平穏にやり過ごす。藤田は戦後には追放されるような形でフランスへ移住したそうでその糾弾には道理もあったのだと思う。しかしそれを簡単に現代人の視点で断罪できるものなのか。好戦的か反戦的かの枠組で1人の人間を捉え切れるものなのか。イデオロギー性ではなく画家としての個人に終始する本作は説教臭さからは一線を画している。だがこの政治的主張の小ささは今の逆張りファシズム台頭時代では「正しさは相対的なものなんだー」っと言ってれば中立を気取った気になれている連中に利用されるのではないかという危うさを感じる。そのためこの微妙な点数。

全体を通して画面が暗い映画であるが日本に舞台を移してからはそれが一層強まる。場面によっては完全に暗闇に溶け込んでいて輪郭さえほとんど見えない。この溶け込み方は時勢に表立っては逆らわず息を潜めていた藤田嗣治という人物の表現なのでしょうか。対照的に明るい場面は際立っていて時に超現実的。その幻想性も画家の世界観を反映してると思えば相応しく感じられ、またカットが基本動かないのが絵画的な映画としての趣を固める。

前半のフランス編はほとんど集中できていなくて後半も芸術的な撮影に感心しながらも時々気が逸れていたので見落としは多そう。いつか再挑戦したい。前半で一番記憶に残ってるのがモザイク案件なのにかかっていなかったヌードじゃ小栗康平監督に申し訳ない。