乙郎さん

恋人たちの乙郎さんのレビュー・感想・評価

恋人たち(2015年製作の映画)
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2015/11/16@桜坂劇場(2回)

 観終わった後数日して、「そういえば『恋人たち』の登場人物と同じようなことしてるな」とふと思う。そういった映画だった。
 この映画の登場人物は皆、誰かに話を聴いてもらいたがっている。話を聴いてくれる人、受け入れてくれる人、そんな人がそばに一人でもいれば救われるのにそれだけが叶わない。
 なぜこんな状況に置かれるのか。映画の中で何度も繰り返される噛み合わない会話。少し聴いて、肯定することがそんなに難しいのか。この映画の素晴らしいところは、現代の日本に蔓延する空気、あるいは、ずっとそうだったのかもしれないが、それを可視化したことにある。それは、人間関係とは戦場であり、誰かの話にうなずくことで相手の重い話を負わなくてはいけない、そうなってしまったら負けだから何としてもそれはしないという空気があることを。

 橋口監督のこの空気を描ききるという思いは徹底している。今までだったら、ある人物の話をきちんと聴いてくれる人が出たことでカタルシスに向かっていたはずだ。けれども、この映画はそれでは終われない。主要登場人物の3人が一番重要な独白をする時、それを聴く人物はそこにはいない。スクリーンの前のあなたを除いては。

 だから、この映画を観終わった後、観客は改めて観る姿勢、あるいは、他人の話を聴く姿勢を問い直される。それは人によっては相当な重みになるのかもしれない。けれども、今我々が感じている空気について、その存在を見つめ世の中を、じゃない、そんな大きなものじゃない、自分の生活を少しでも良くしていくために必要な行為だと、私は思う。

 最初に書いた日常の局面でこの映画を思い出すことは、個人的には決して不快な経験ではなかった。自分がその時に抱えていた不満を聴いてくれる人がそばにいるように感じたから。
乙郎さん

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