やわらか

はじまりへの旅のやわらかのレビュー・感想・評価

はじまりへの旅(2016年製作の映画)
4.3
「社会」と「個人」の対立、教育や宗教、家族といったデリケートなテーマを深く掘り下げた、とても意欲的な作品でした。
 
孤立した山小屋で暮らしながら、子供を学校に通わせず「ホームスクーリング」(家庭内で教育を行うこと)で育てる父親ベンとその子供たちの話。母親の葬儀を本人や家族の意向に沿って進めるため、北西部の山地からニューメキシコまで旅するロード・ムービーでもあります。

このホームスクーリング、日本ではあまり馴染みがないためびっくりしてしまいますが、アメリカでは制度として認められているようです。(虐待のような問題がなければ、でしょうが)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0

映画では「普通」の価値観に対して、ベンが子供に狩りをさせて獲物を食べさせたり、危険な訓練を課したりといった、無茶な振る舞いをするため、適切に子供を育てられない親として描かれます。また、子供たちも、成長に従い社会とのギャップに苦しんだり、恋愛に目覚めたりといった形で父親との間に溝ができて来ます。

一方で、仏教徒として亡くなった母親の葬儀が、保守的な南部の祖父母の意向でクリスチャンとして行われたり(しかも警察がそれを認める)、あるいは「普通」の価値観と異なる教育を、それが「普通ではない」という理由で禁止する、という「普通」側に孕む問題も描かれます。(作品中、末娘のサージに信教の自由を規定した『権利の章典』を暗唱させて、観客にこの問題を意識させています)

旅の終わり、これまでの教育方針を反省し、いったんは子供たちを「普通」の教育に委ねて別れる決心をしたベンに対し、子供たち自身がそれを拒絶して父のもとに帰ってきます。ただし、全く前と同じ生活ではなく、学校に通い「普通」と「個人」との妥協点を見出すような終わり方でした。
 
社会問題を扱ったマジメな作品の中では今年一番の出来だと思います。特に国が教育をどこまで規定するべきなのか?の部分は、今の日本人にとっても他人事ではないんじゃないでしょうか。合間合間に挟まれる、ベン一家と実社会とのズレから生まれる笑いのネタもいい感じでした。

ひとつとても残念なのは、日本での告知が「面白家族が旅に出た~」といったコメディ部分だけを取り上げたものになっていて、作品の本来の価値を伝えられていないことです。あー、もったいない。。。
やわらか

やわらか