みかんぼうや

LION ライオン 25年目のただいまのみかんぼうやのレビュー・感想・評価

4.4
【ベタで先が読める展開と結末だからこそ、本作が描く主人公が縛られ続ける心の葛藤に感情移入する。奇跡とその裏にある過酷な現実を描く傑作生き別れノンフィクション】

いやー、泣いた。今年観た映画で一番泣きました。結末も分かっているのに、ここ2年で観た映画の中でも「奇跡の人」、「素晴らしき哉、人生」の2本に次いで泣いたと思います。

U-NEXTを契約してからかなり初期の段階でマイリストに入れた作品だったのに、なんとなく話の展開が読めるし、泣ける結末も見えていたので、逆に後回しにしてしまっていたけど、数名のレビュアーさんが直近で本作のレビューを書いていて、かなり気になりようやく視聴しました。

はっきり言って、話の内容はかなりベタだし、展開も最後の結末も読めてしまう、決して驚きのない作品だと思います。ただ、本作に関して言えば、この“先が読めてしまう話”であるからこそ、逆に作品全体から伝わる“充実した今と壮絶な過去”、そして無償の愛で包んでくれた“生みの親と育ての親”という対極的な関係性の中、周りになかなか本心を打ち明けられず一人もがき苦しみ続ける主人公サルーの葛藤に対して、余計な詮索なくストレートな形で感情移入することができたのではないかと思いました。

そして何と言っても、私が感じたこの作品の良いところは、映画としてバランス感が絶妙であること。25年に亘るサルーの歩みを、一切の無駄なくまとめ上げているのですが、幼少期から青年期までのテンポが物凄くよくて、余計なシーンが一切無いので、観ていてダラダラする時間がなく、かといって後半の感動に十分足る彼がそれまでに経験してきた様々な要素を2時間の中でしっかり描いている(学生時代はほとんど描かれないけど、上映時間を考えればこれで十分)。さらに、演出の加減も本当に絶妙で、いわゆる“泣かせ”に走る過剰演出のオンパレード的なことは一切なく、一方で実話としてドキュメンタリー的に淡々と描きすぎるわけでもなく、その塩梅が本当に見事です。

特に本作については、この実話そのものが奇跡的で感動的な話なので、演出が淡々とし過ぎてその感動を伝えきれなくなると勿体ないし、一方で監督のしてやったり感満載の“泣かせ”演出を見せつけられると、私のような天の邪鬼鑑賞者はドン引きしてしまうので、見せ方はなかなかに難しいと思うのですが、この絶妙なバランス感によって、至極のヒューマンドラマとして着地しているように感じました。

サルーを受け入れる夫婦が登場するあたりからは、その無償の愛に触れ続け、既にずっと涙腺緩み気味でしたが、クライマックスには分かっていても完全崩壊でした。そして、エンドロール前の映像でさらに涙腺追い打ちコンポを喰らうという・・・

そして、本作はただ“美しい奇跡”だけを語っているわけではないところもまた、その大きな魅力だと考えています。それはサルーの幼少期を通じて描かれるインドでの孤児の様子であったり、サルーの後に引き取られたマントッシュのキャラクターと発作的行動(から想像させる彼の経験した残酷過ぎる過去)という、奇跡の裏に隠れた“生々しい壮絶な現実”をしっかりと視聴者に伝えていることです。

サルーが経験したこと自体にもたくさんの不幸はありましたが、オーストラリアの比較的裕福な家庭に引き取られたことはその中でもかなり幸せな例だと思いますし、本作を「ただの奇跡の話としてだけ受け止めて欲しくない」という制作陣の思いが物凄く伝わります。それはエンドロールの最後のメッセージにもしっかり表現されています。だから、私たちはこの奇跡の裏側にある世界で起きている様々な出来事にも少なくとも目を向けることが大切だと考えています(ただ、そこから何を感じどうするかは、全くもって個人の自由だと個人的には思っていますが)。

映画的には、実話としてこういった暗い一面もしっかりと表現しているからこそ、この奇跡の物語にリアリティが宿り、そのぶん奇跡が重みを増して感動となっている部分もあると思いますが。

しかし、主演のデーヴ・パテール。「スラムドッグ・ミリオネア」の主役の少年が、こんなかっこいい大人になるなんて!最初、同一人物と気づきませんでしたよ。彼が主演の「ホテル・ムンバイ」も、ずっとU-NEXTのマイリスト入りだけど早く観ないとね。

ヒューマンドラマとしての感動と、社会派作品としてのメッセージ性が両立した素晴らしい作品でした。
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