曇天

この世界の片隅にの曇天のレビュー・感想・評価

この世界の片隅に(2016年製作の映画)
4.5
戦争映画のパラダイムシフトを目撃してきた。日本の戦時中とはとかく物資・食糧不足で困窮しながら、暴走国家の要請によって資源を差し出し我慢を強いられたものだと「負の歴史」ばかりを映像化し公開。それを教材に戦時中の大変さを教えられてきた。今まではその悲惨さ・過酷さだけが前に押し出され過ぎていた気がする。個人的経験だけでも辛いことが多く起こり過ぎて、戦争を嫌悪する意志が強くなり、教訓的で説教のような話しかできなくなる気持も十分わかる。けど、僕はこういう話が聞きたかった。物がないなかでも笑い草となるおもしろい事が起きたり、つらい出来事の後でも長い時間でその気持ちが雪解けていく様子とか。個人の戦争体験でいう「大変だった」とは必ずしも「幸せじゃなかった」わけじゃない、すずさんの嫁入り話からはそれを強く感じる。

これ戦争映画じゃなくて、突然嫁入りが決まったすずさんの苦労話なんだよな。女の一代記的で戦争はそれを描くための機能に過ぎない。自分の意思と嫁ぎ先が食い違うという風景は昭和ならでは。だんだん家の物や配給が減ってきて困ったなとなったら暮らしの知恵の出番。たんぽぽや雑草でも使えるものは使い倒して食卓に並べる。着物は動きやすいもんぺに裁つ。大抵のものは闇市に行けばある。すずさんが経験した、物がない時代を生き抜く知恵がどんどん紹介される。この豆知識の情報化それ自体がこの話の日常的感覚を促進させていく。まるで今現在、その知恵が必要な人に向けて発行される情報誌のように。

同時に、すずさんが起こしたおもしろエピソードが並行して語られる。これは戦争も佳境に入り、空襲警報が鳴って避難しては空振りの連続でヒヤヒヤさせられる日々が続いていても、そののんびりとした雰囲気は消えることがない。これはすずさんの性格的なところも大きいけどやっぱり、戦争がどんなに生活に浸食してきていたとしても関係なくて、悲観してたって始まらないということ。だからいつもどおりふるまう。家族にとって日々の生活が第一なのは今も昔も変わらないから。それとこの笑いのツボがとても日本人的で、すずさんの行動の面白がり方が今見ても笑えるものになっている。こういう平準化が日本の戦争映画には必要だったんじゃないかと思った。上から目線じゃなく、今の人にもわかるような日常からの目線で、日常を通して戦争を知ることが。

この話では日常を描く必要があったから原爆はすずさんのすぐそばには落ちなかったと思ってる。戦中版『三丁目の夕日』、戦闘を描かない女性視点の戦争体験という意味で『風立ちぬ』と好対照。でも、メタ目線抜きにしてもこの話はドラマチックでつながりや悲喜こもごもを描いていて面白い。特に径子さんまわりの話は本当大好き。白木リンの正体はもう映画を観た人へのご褒美レベル。あっさりしたエンディングも、らしくて好き。

簡素な絵柄による演出も上手い、そしてかわいく見えるのは重要。絵がデフォルメされてると時代的な具体性も薄くなってドラマに集中しやすい。それにキャラ絵が可愛らしいと、突然残酷な出来事が起こった時、それがギャップになって観客としては想像以上の衝撃を受ける。こんなにのほほんとした絵柄なんだからそんなことは起こらないだろうとどこかで錯覚してしまうんだよな、『まどマギ』がいい例。
初めてパンフが売り切れだったので同じ映画館にまた買いに行く予定。今更ながら勿論原作も。
曇天

曇天