MisaSugiyama

シン・エヴァンゲリオン劇場版のMisaSugiyamaのレビュー・感想・評価

5.0
誰しもが子どもの部分がある。
他人ではない。結果でもない。自分の弱さを認めた時、自分自身がそれを許してあげた時に、私たちは誰かを抱きしめることができる。
そのそれぞれ弱さの形、知らぬ間に自分にかけていた呪いを紐解くストーリー。

きっとこの結末を考えるまでにたくさんの工夫があったんだろうなぁ。
まだまだ大人になれない大人に向けて、そして世界で生きていこうと必死でもがく子どもに向けて作られた美しい話でした。拍手。個人的には今大学生ぐらいで見た人は数年後とかに見てほしいなぁ。

演出、アニメーション、伏線が多くわかりやすい脚本、メッセージ性、すべてが素晴らしく、珍しく超高評価です。
▼以下好きだと思った映画としての演出
※ネタバレ注意、個人的見解









・アスカは「認められること」、レイは「従順でいること」、カヲルは「基準を決めること」に縛られていた。カヲルくんは大人へ向けたメッセージな感じがした。解放していくシーンは、たくさんの子どもたちや大人たちが救われてほしいという気持ちになった。

・マリさんの「間に合った!」。アニメの世界から私たちの世界へと変わっていき、線画になりかけてるシーンでギリギリセーフ。シンジくんは私たち視聴者だと印象付けるシーン。いいね!

・「ガキに必要なのは、恋人じゃなくて母親よ」。アスカのセリフを見事に回収するゲンドウ。親も1人の人間である。

・マリって、エヴァンゲリオンのこの終幕を待ち望んでた私たちのことなのかなぁと思った。アニメ版の時子どもだった視聴者も、大人になっていく。シンジくんを助けに来た大人のわたしたちなのかもなぁ。
【追記】2022.05.24
本名、マリア。わたしたちではなくて庵野監督が誰を指しているのか他の方の考察で理解。皆1人の弱さを実感し、受け止めて大人になるのだ。

・終劇。終じゃない。劇が終わる。この意味さえ深みを持って聴こえる作品(わかってくださる方はいるかしら…)。

全てを失いかけ、多くの命が絶えてしまった世界ではなく、私たちは今日からエヴァンゲリオンのいない世界を生きていくということ。
長年制作期間があっただけの、日本を代表するアニメとは、こういう意味だったんですね。みるの遅すぎた。笑
MisaSugiyama

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