真田ピロシキ

カンフー・ジャングルの真田ピロシキのレビュー・感想・評価

カンフー・ジャングル(2014年製作の映画)
4.0
板垣恵介のグラップラー刃牙を初めて読んだ時は衝撃的だった。それまでフィクションの武術家と言えば強いだけでなく精神も高潔であったが、「武とはズルいもの」として汚さも肯定する従来の武術家像へのアンチテーゼが新鮮だったのだ。しかしアンチであったはずの作品は長く続きすぎて権威となり、次第にただ卑劣なだけの人物像が次々と描かれるのにスッカリ嫌悪感を覚えて読まなくなった。もちろんドニー・イェンが日本の格闘漫画のことを意識したはずはないが、私に取って本作は露悪化を突き進むそれらを揺り戻すカウンターとして感じた。

先天的な足のハンディを乗り越え様々な武術の達人を上回る技を極め、銃を持った警官隊をなぎ倒す程に武に自らを捧げた男。目標とするのは最強の男としての称号。しかしそこまで武術を極めていても癌で死にゆく妻に出来ることは何もない。そして彼が闘い殺した達人達は誰もが武術以外を生業にして成功を収めて生きていた。その武への努力を別の方向に向けていたら或いは妻の命だって救えたかもしれない。彼のやっていることは率直に言って何の意味もない自己満足でしかない。ストイックに鍛えても報われない世間への怨嗟を感じる。それは主人公のドニー・イェンとて似たようなもので、意識的ではなかったにしろ命まで賭けた闘いの後に残ったのは犯罪者の烙印と地に落ちた名声だけだった。多くの犠牲者を出しながら辿り着く本作の境地は最強よりも人生にはもっと大切なことがある。無目的な最強の追求を美徳にするような漫画はそろそろ廃れ、もっと徳のある理想化された武術家像を復権させていい頃じゃないだろうか。そう思わされる映画である。

イップマン継承で描かれたテーマを先取りしているとも言える本作。並べて見てみるとより楽しめるかもしれない。