ひろくん

ガタカのひろくんのネタバレレビュー・内容・結末

ガタカ(1997年製作の映画)
3.6

このレビューはネタバレを含みます

これは命の選別に反対するキリスト教者の話だ。真の対立は選別されなかった兄と選別されてきた弟の間にあり、両者比較して兄の方が優れてると示すのがこの映画の主題。
本物のジェロームがどうしてヴィンセントにエージェントを通じて協力したかったのか、それは彼が最初の自殺を企図するに至るまでの過程で、既に“遺伝子の優劣で全てが決まること”への深刻な問いを抱えていたからで、しかもそれはこの社会がこう設定されている以上避けられないものだった。
自らの痕跡を過去・未来にわたり全て消し、身代わりの誰かに自分の人生を生きさせる。しかもその“誰か”は、自分がそれまで(おそらくは)拠り所にし、そしてそれゆえに表の世界から存在を抹消したいと思うに至るまさにその理由―持って生まれた遺伝子の優劣において「劣っており、なし得ることの程度が低いと思われる人間」だ。ジェローム以外の“特に秀でた遺伝子を持ちながら不慮の事故により高度な達成を断念せざるを得なくなった人々”にとって、その事態はプレッシャーからの解放である以外に成功との決別である。自分より劣った遺伝子を持った人間が、自分の名声や成功をそのまま秘密裏に受け継ぎパフォームする、それがバレれば刑事事件だ、などというのはたいへんにリスクが高く、自らの社会的評価をさらに毀損するだけでなんのメリットもなさそうだ(ゆえに、エージェントがまともに稼げているかはかなり怪しい)。
だがジェロームは最初から死にたかったわけだ。それは持って生まれた遺伝子が優れていたから期待され、その結果二番だったことへの失望によるものだと示唆されている。遺伝子の優劣で順位が決まるのならジェロームが一番であって然るべきだ。しかし現実はそうではなかった。なぜか?遺伝子の優劣だけを尺度にすればそこには答えはない。そんな結果は起こりえない。そんな結果は起こりえないのに実際起きてしまい周囲、そう「遺伝子の優劣で全てが決まると信じられている社会」における価値観を揺るがしてしまった。彼の存在と二番という結果はこの社会の自己否定なのだ。彼はあくまで社会に殺されかけたわけだ。その「起こりえないこと」がなぜ起きたのか、への回答を与えたのが新たなジェローム=ヴィンセントである。答えは簡単で「遺伝子だけで全てが決まるわけではないから」。最初から答えなどわかっている。ジェロームの、そして社会の前提が間違っているのだ。
一方でジェローム=ヴィンセントがこの先も「この社会」で生きていけるためにジェロームが死ぬ決断は、やはり「この社会」すなわち遺伝子の優劣が全てを決める社会を受け入れつつ抵抗する、ということの現れだろう。産業医の最後の判断は、ジェロームとヴィンセント、二人のもたらした社会変革の一つの嚆矢ととらえてもいい。よく考えられている。またこれは、実のところ遺伝子の優劣だけで可能性を狭められることに疑問を抱く人が少なくないことの現れでもある。一枚岩ではないようだ。
この映画の本当の主題は「遺伝子の優劣で全て決まっていいのか」というもので、その点実はジェロームをめぐっては最初から結論がでていたわけだ。この映画の真にみるべきところは、デザイナーズベイビーとして生まれた弟よりも“自然な形で誕生した”兄が実力で勝るということが示されているところで、これって実は暗に保守的なキリスト教の考えが反映されてるだけじゃないの、だって遺伝子以外にも多くの面で人は“選別”されているでしょ、と思う。アントンの性別選択のシーンでも示されたように、ことさらに“生まれる命と生まれなかった命”を比較する、そのこと自体結果として否定するのは、どうも中絶に反対するのと同じニュアンスを感じるんだよな。あと実は兄と弟のどちらが優れているのかについて、パートナー獲得の能力、すなわち生殖能力においても比較がなされ兄が優れていることが示されてるのもポイント(捜査官の立場でガタカに入った弟がユマ・サーマンをナンパして軽くあしらわれるシーンがある。弟は不明だが兄のペニスがめちゃくちゃデカいことも不必要とも思える形で示されている)。わりとここ大事な気がする。

補足ながらこの映画を「現実的」とか評するにはいささかシチュエーションが出来過ぎている。正直結構粗い。上に述べたエージェントは対して稼げない問題然り。そもそもヴィンセントが身バレしてジェロームもろともお縄になったらエージェントはどうやってカネ回収すんのかとか。主人公の弟があの場面で捜査官としてあの場にいるのは都合が良すぎるし、ジェローム=ヴィンセントの訓練の過程で生じる怪我やそのための治療、また発汗や出血といった場合場合において、数年にわたり確実に痕跡を入れ替える、というのは不可能だろう。静脈からの採血に捜査官が立ち会いながらあのようなトラブルを起こした主人公に疑いの目が向かないのも不可解だ。わりと致命的なことも含まれてる気がするが、まあそのあたりは差し引いて、あくまでこの映画が何を言いたかったのかというところにフォーカスする必要がよかろう。
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