青いむーみん

シング・ストリート 未来へのうたの青いむーみんのレビュー・感想・評価

4.2
 きっとこの星の数に興味を惹かれ、鑑賞候補に挙げる人が多くいるだろうと思う。だからあえて先に言っておく。この映画にリアリティはない。とんでもなくご都合主義だし、ひねりもない。ただ、胸を熱くさせるものはある。誰のレビューも読んでいないが高評価の理由はそこに違いない。
 今作は家族、恋愛、人間関係を音楽にして乗り越えていくという前向きなストーリーだ。舞台はおよそ三十年前のダブリン。家庭にというより両親に問題のあるコナーは偶然というか必然にラフィーナという自称モデルの美人と出会い、バンドをやってるからMVに出ないか?とナンパし、バンドを結成することにする。それが全ての始まりだ。彼は正直音楽を全然知らない。テレビで一度見たデュラン・デュランがカッコイイと思ったから言ってみただけなのだ。そこから音楽を学び、非常に個人的なものを普遍的な歌詞にし、歌い、消化していく。
 彼のラフィーナへの思いをひたすら当時流行していたニューウェイヴミュージックに影響を受けまくった音で表現していく様が楽しくてしょうがない。割と節操無く影響を受けまくる若い時ならではの方向性のなさが面白い。最初の練習の音酔しそうなくらい気持ち悪いズレた演奏は笑える。あれはホントにクソだ。でもそこからしっかり音楽になっていく様が心地いい。オリジナリティという壁に出会うのはまだ先のこと。今はただ前だけを見て突き進んでいく。形のはっきりしない淡い夢を、きっと楽しいだけの未来を目指して。
 30年前だったからこそここまで純粋に夢を信じて前を向けたのかもしれない。そこに多少のリアリティが存在したのかもしれない。現代でこのストーリーをやろうと思ったら頭を抱える時間が長くなってしまうだろう…。ロンドンに進出も何もYOUTUBEに上げたら世界に進出だからね。情熱がない。インターネットもなかった時代だからこその情熱がこの映画にはある。メールでMP3を送信ではなく、家まで行ってカセットテープを手渡しする情熱がある。多種雑多にある無料音楽を自由に聴くことなんて出来ない、夜遅くに兄貴に紹介された1枚のレコードをプレーヤーを持つメンバーの家まで持って行って聴く情熱がある。クライマックスでこの情熱だけを胸に突き進んでいくバックで流れる「GO NOW」は本当に熱い曲だ。ワンスでの主役、カーニーとの元バンド仲間グレン・ハンサードとジョン・カーニーの共作で、正にこのシーンにぴったりの曲。情熱のために退路を断ち、前だけを見て進む激アツな歌詞となっている。多くの人達が忘れてしまった情熱を呼び覚ますような、旧友に肩を叩かれるような感覚が胸に響く。とにかく、何かやろうと突き動かされる原動力である情熱が純粋すぎて微笑まざるをえない映画なのだ。
 欠点は一つ。この映画は家族の不和を乗り越えること、好きな子を振り向かせること、その二点で2時間になってしまったのでバンド内に関しての描写が著しく少ないという点だ。当然バンド結成に至るまでのトントン拍子感が気に食わない、バンド結成してからの主張のやり合いからの喧嘩がないのがリアリティがない。バンドメンバーのキャラの薄さなど、必ず文句の出るところだろう。しかしその文句が自分の中で大きなことか小さなことかはこの映画を好きか嫌いかだけの話だ。完成度の高さだけを求める人には向いていないかもしれないがまずは観てみることを薦める。熱い情熱は間違いなくあるから。