飲みにいこうよ。と誰かあたしを連れ出してくれないか。
あなたもここにいたの?
もし偶然にもまた巡り逢うことがあったなら、自然にそんな風に言えるのかしらと不思議に思います。
(もしもだけどまた逢うことがあったなら、巡り逢うってが本当にしっくりと来ています。)
会いたい人には全然会えなくて、2016年も最後の月がはじまっている。
もう諦めようと電話番号を変えたところで意味なんか全然なくて。
気づけば会いたい会いたいと思っています。
気づけば、そんな気持ちが今を変えるための原動力になっていたり、不満の種にもなっていることに気づきます。
あなたは今どこで何をしてる?
ただそれだけが聞きたくて毎日頑張っています。
映画の中の話というのは、瑞々しくて美しい少女たちの恋とか友情とか。
白とび気味の光溢れる写真だった。
陰影のはっきりした王家衛の撮る写真が好きなあたしは、ふんわり漂う空気なんて全然好きじゃなくて。
それでも、17才の少女たちの姿や、言葉の少ない視線だけのやり取りなんていうのはとても美しくて、台湾の青春映画がまた大好きになってしまった。
日々感じる美しさというのは全くの無個性で、だから美というのは掴めなくて。
ただそこにあるだけでこれほどに胸がときめく。理由なんてない。
そう、映画の中でも繰り返しうたわれていたこと。理由なんてない。
無個性で、ただそこにある。
それが初恋と似ていた。
あたしは結婚もして、名前も電話番号も新しくなったけど、一度でいいからデートでもしてみたかったなあ。と17才の時と同じ相手を思い出していて、説明なんてできないけど、ただ会いたいなあ。って純粋に人を想うことがまだ出来るのだ。と日々感動しているわけなんす。
だからこの映画の白とびの写真じゃなくて、なんか見えないけど、大人になった王蕾の心の何かに触れてあげてほしい。
それが冷たいのか熱いのか柔らかいのか硬いのか。