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エル ELLE(2016年製作の映画)
4.3
 黒い画面に響き渡る女の悲鳴、陶器が床に落ちる音、パリの高級住宅街で一人暮らしをしているミシェル・ルブラン(イザベル・ユペール)は突然、黒の目出し帽を被った男に強姦される。露わになった両方の乳房、破られたパンティ・ストッキング。普通なら放心状態に陥っても良さそうだが、女は割れた陶器をちり取りでごみ箱に入れ、使い物にならなくなった黒い下着も捨てる。何事も無かったかの様に体液を洗い流し、血をさっとお湯で薄めた女は、平然とした表情のまま、今夜の息子との再会のために電話で鮨を頼む。だが肝心要の警察に連絡する様子はない。女の中に訪れたレイプという大きな事件をまるで何事も無かったかのように冷たく受け流す。この冷酷無比な主人公をイザベル・ユペールが自信を持って演じているのが印象に残る。実年齢よりも役柄の方が10歳若い独身女性はゲーム会社の経営者であり、しばしば強権的な手腕を発揮するやり手の女社長に他ならない。共同経営者のアンナ(アンヌ・コンシニ )とは若い頃からの苦労を共有する間柄だが、あろうことか彼女の旦那のロベール(クリスチャン・ベルケル)と肉体関係を持っている。時折り出会う息子のヴァンサン(ジョナ・ブロケ)とは関係が思わしくなく、妊娠中の恋人ジョシー(アリス・イザーズ)に振り回される息子に嫌気が差している。

 60歳を越えて、セクシュアリティ全開の役を演じるミシェル・ルブランの周りには、アブノーマルで好感の持てそうなまともな人物など1人もいない。離婚した夫のリシャルト・カサマヨウ(シャルル・ベルラン)は売れない作家で、若い女性エレーヌ(ヴィマラ・ポンス)にうつつを抜かし、母イレーヌ(ジュディット・マーレ)はHIV陽性ながら、娘名義の部屋で生活費を貰いながら、若い愛人に目がない。極め付けは彼女の父親が、ナントで27人の命を奪った連続殺人鬼だったことである。『ベティ・ブルー―愛と激情の日々』の原作者として知られるフィリップ・ディジャンの新たな物語は、刑事にも頼らずにミシェルが真相を解明しようとするのだが、ヴァーホーヴェン監督の旧作『氷の微笑』のようにミステリーの謎解きに主眼が置かれない。単なる被害者でも復讐者でもないミシェルの本性が露わになってからがヴァーホーヴェンとイザベル・ユペールとの真骨頂となる。清廉から程遠い女は男たちが振るう暴力の渦中に放り込まれることで、父が引き起こしたかつての大量殺人の記憶を呼び覚まされた女は、真犯人のインモラルな関係性に進んで溺れ、あえて火中の栗を拾う。当初アメリカ映画として想定された物語は、ミシェルのキャスティングが難航し、イザベル・ユペール主演のフランス映画へ軌道修正されたのだが、それが見事なまでに大成功している。

いよいよ今夜、勤労感謝の日になります。
11月22日(木)祝日@ music bar LYNCH 21時〜3時
『映画の日 7』ポール・ヴァーホーヴェン特集
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