アニマル泉

ダムネーション 天罰のアニマル泉のレビュー・感想・評価

ダムネーション 天罰(1988年製作の映画)
5.0
タル・ベーラの長いワンカットは映画の呼吸だ。ベーラが描くのは時間そのもの、空間そのものである。物語やアクションを求めてはいけない。物語やアクションに収斂されないもっと豊かな映画的体験がベーラの真骨頂だ。ハリウッド映画を反転させて、人物よりは空間を、モンタージュよりは時間を、いわば「図」と「地」を反転するゲシュタルト・チェンジが必要なのだ。トップカットは空中を横切る石炭を運ぶ滑車、その音、カメラがジリジリとゆっくりトラックバックすると窓からのフレームショットとわかる、さらにトラックバックすると男の背中のシルエットとなり煙草の煙が吐き出される。次は壁、ジリジリと横トラック、鏡に映る髭を剃る男のアップ、その音。次は階段を降りる男、床に燃えている火と続く。この3カットでベーラは映画史に闘争宣言をした。映像と音により時間そのもの空間そのものを表現する魔術、ショットは映画の生々しく荒々しい息遣いとなる。本作は全編、雨である。素晴らしいのは夜のバーの表のショットだ。雨が降りしきり店のネオンが光り、犬が4匹サッと走り、車が止まる、カメラが横移動するとカーレル(セーケイ・B・ミクローシュ)が見張ってる、カーレルが店へ入っていく。まさに空間そのものが官能的に立ち上がってくる決定的ショットだ。雨の中をカーレルが愛人(ケレケシュ・ヴァリ)のアパートの表を見張る、雨霧の奥からクロークの女(テメシ・へーディ)が犬達と共にやって来る、ずぶ濡れのカーレルに女は旧約聖書を唱える、女の傘の背後で愛人の夫(チェルハルミ・シュルシュ)が車に乗って任務の為に出発する、カーレルがアパートへ向かうというワンシーン・ワンカットも美しい。本作は室内も常に湿っている。酒場の蒸気、濡れている床、壁は雨だれが覆い尽くす。ベーラは「壁」の作家だ。移動撮影で壁そのものをジリジリと舐める。アンゲロプロスのように壁を使って場面転換するわけでもなくまさに「壁」を描くのがベーラだ。本作は「サタンタンゴ」や「ニーチェの馬」に昇華する主題が出揃っている。「不倫」「監視」「魔女」「密告」だ。ベーラの女は強い、悪い女だ。そして「酒場」と「ダンス」である。雨中のタップダンス、店内で踊り明かす群衆は、あの「サタンタンゴ」の狂乱のタンゴの前哨戦である。そして本作で際立つのは犬だ。ラスト、雨中でカーレルと黒犬が吠えあって戦うショットは忘れ難い。
白黒ビスタ。
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