純

アンナとアントワーヌ 愛の前奏曲の純のレビュー・感想・評価

3.5
原題の『UN+UNE』がフランスらしく(というかこの監督らしく)洒落たタイトルだなと思う。数日後公開のデジタルリマスター版『男と女』を観る気満々勢として、見逃すわけにはいかないなと思い立って鑑賞。

大人の恋愛ってところを推していたけど、あんまり恋愛面の演出でぐっとくるところはなかったかな。ただ、キャラクター的に周りをいつだって笑わせてくれるアントワーヌや純粋さを忘れないアンナ、ふたりが子供のようにはしゃいだりおちゃらけたりして恋に落ちるのに、お互いに冷静で現実をわきまえているのは、確かに甘すぎない大人の恋愛と呼べるのかもしれない。あくまで開放的な土地とふたり旅っていう異色な要素があっての恋愛だからそもそもの設定は非現実的だけど、描いている人間の内面は現実的で、決してご都合主義な映画ではなかった。不倫じゃん、って嫌悪感を抱かないのも、ふたりが愛らしいだけでなく大人の一面も持ち合わせたキャラクターだということが大きいと思う。

あと、映画の中だけかもしれないけど本当にフランス人ってよく喋るし議論するしで台詞がめちゃめちゃ多い。これ絶対字幕の内容端折られてるんだろうなと思いつつ観ちゃうくらいには喋ってるんだけど、この映画ではインドが舞台ということもあってたまに訪れる「静」の描写が美しい。それこそ、アンマの抱擁シーンなんかがそう。スピリチュアリズムが強いなと思ったとしても、このシーンの肌身に感じるような温かさは、アンナとアントワーヌに救いをもたらしたんだろうね。

そして、砂色、黄土色ってこんな綺麗なんだ、と思った。思わずにはいられなかった。ガンジス川だって、冷静に見れば濁ってるし不衛生なんだけど、身を清めにきているひとたちのオーラや沈みゆく太陽の光の力でもあるのか、綺麗な大地の色、命の色だなあと感じるような美しさだった。喜びも悲しみも過去も未来も、たくさんのものがこの巡礼の土地に集まり、文字どおり巡っていく。そんなひとの営みを澄んだ心で見つめられる場所がインドなのかもしれないと思った。もちろん私は自分探しの旅だとか巡礼の旅だとかでインドを訪れることは今のところないと思うけど(笑)、「あの景色を見てみたい」「あの場所で呼吸してみたい」って気持ちが生まれるような魅力がある。

ストーリー的にはもやもやが残るんだけど、その後味の微妙さというか、ちょっとひっかかる恋愛っていうのがフランス映画の持ち味でもあるかなと個人的には思ってるのでここは特に気にならなかった。やっぱりフランス映画はひとの声、言葉の響きを存分に堪能したい映画で、フランス語の音が耳に染みつく感じや話し手の息遣いが魅惑的で、それに限る。異論は認めるけど(笑)

基本意見のぶつけ合いが多い中、アントワーヌが前半部分でパリに置いてきた恋人について話す際に言った「彼女と一緒にいると孤独を感じる。それが好きなんだ」みたいな台詞がすごく好きだった。なかなか手に入る関係じゃないよね。私はあまり誰かの「存在」を直接感じることはなく、「不在」を通してその存在を感じるタイプで、誰かといるから離れたときにその不在を感じて、ああ寂しいだとかああ恋しいだとかを思う。アントワーヌの「一緒にいると孤独を感じる」関係はそれら存在と不在が同じ時間、同じ空間に存在するようなものなのかな。ひとによっては満たされないと思うかもしれないけど、孤独を感じさせてくれる相手を愛おしいと思えるアントワーヌは素敵だと思う。たとえ単に干渉されるのが嫌いなタイプだったとしてもね。私自身、誰かに孤独を与えたいって感覚は持ってるけど、一緒にいるときに孤独を感じてほしいって考えは持ったことがなかったからとても印象的だったし、心に残る台詞だった。

好き嫌いは分かれそうだけど、落ち着いた雰囲気でゆったりとした気持ちで観られる1本だと思う。
純