純

ワンダーストラックの純のレビュー・感想・評価

ワンダーストラック(2017年製作の映画)
3.7
これはこぼれ落ちてしまう幸福を、ちゃんと元の場所に帰してあげる映画。沢山の不思議や優しさは私たちを見下ろしているから、そのささやかさゆえに足元の泥沼に気をとられてしまう。世の中には意地悪な出来事や人々が確かに存在して、ついそんなものばかりが目に付くし、それは仕方のないことかもしれないけど、きっと私たちを縛る一番の意地悪は、意地悪なものばかりが見つかりやすいことだよね。

私たちは気づけないでいるだけで、案外きちんと心を整えれば見えてくる幸せは沢山ある。病は気からというように、余裕がなくなると、途端に不幸に引っ張られてしまうだけだ。正直、目も当てられない最悪なものなんて残念なほど生活の中に転がっている。でもそれだけじゃない。様々なひとがいろんな形で、それとなく、一人ひとりの人生に携わってくれている。あのときの一言、あの日あのひとと歩いた帰り道が、現在や未来に手を伸ばしてくれていたんだなって、全部後からわかるんだけどね。

突然の事故で音のない世界に放り込まれた少年と聾唖者の少女の父親、母親探しの小さな冒険は、沢山の意地悪で行き場を失いかける。見えてるものが違うだけでひとは簡単に他人を悪者にしてしまうけど、本当は一人ひとりが自分の役割を担っていて、誰も悪くないって忘れないでいたい。何度も訪れる諦めてしまいそうな瞬間に、自分を信じて、わずかな手がかりにしがみつくことができたら、自分におめでとうと言ってあげたい。

少年と少女は寄り添ってくれる相手をきちんと見つけ出して、ああこれが正しさなんだなあと思った。正しいというのは高くにそびえるものではなくて、ぴたりとはまることなんだろう。迷いそうになったとき弱い自分に寄り添ってくれるひとは、ただ一方的に優しさを分けているわけじゃなくて、きっとそのひとを求めている。ベンもローズも、守られる立場でありながら、ちゃんと友達やお兄さんを救ってきた。それぞれのペアは誰が何と言おうと正しい関係性で結ばれていて、とても綺麗だったな。ずっと奥でつながっているような、曖昧だけど信じたくなる強さが確かにあって、お互いに自分の伝えたい思いは十分に伝えられないことのほうが多いはずなのに、気持ちは静かに確かに満ちていく。その心地良さが伝わってくるあの感じがすごく好きだった。

伝えたい思いと言葉のズレはベンのパートで強く描かれていたことだけど、あれは筆談に限る話じゃないなと思う。いつだって思いの輪郭は言葉では十分に縁取りできないものばっかりで、一番熱量のある感覚がこぼれ落ちていってしまう。伝えなくちゃという思いが少し空回りしてしまうとき、どうしようもなくもどかしくて悔しい。確かに何も受け取ってもらえないのは惜しいけど、でも伝達できればそれで良いわけでもないだろう。中途半端でも不完全でも、そのときに感じたことをちゃんとそのときに言おう。不格好でも構ってなんかいられないって、自分の背中を押すのは自分でいよう。ベンもローズも沢山のひとたちとすれ違ってきた。そのすれ違いでさえも今に繋がってはいるけど、それでもすれ違わずにいられたなら、きちんとお互いの顔をしっかりと向き合わせてもう一度歩き出せるなら、絶対にそのほうが良いもんね。そのすれ違いが原因で疎遠になったり嫌いなひとが増えたりすることは悲しいことだって、いつまでもちゃんと寂しがっていたい。全員とわかり合うことは難しくても、「このひととは別に良いや」と諦めることに慣れてしまいたくないよ。

いろんな場所でいろんなひとたちと私たちは繋がりを持って今この場所にいる。当たり前だけど、小さな繋がり一つひとつを最後まで覚えていることはできなくて、もう取り戻せない触れ合いも沢山ある。年を重ねれば重ねるほどろくでもないことは沢山起きるし、どぶの中にいるような気分になっちゃうこともあっておかしくないんだよね。ちょっと悲しいけど。でも、別に大人も子どもも悲しみの濃度に違いなんてなくて、皆これまでにあらゆる寂しさややるせなさと向かい合って、それらを背負って今こうして新しいものとの出会い、別れを経験している。だから、どぶの中からだって星を見ることはできるよ。私たちは見たことあるものを忘れることはあっても、思い出せる。We are all in the gutter, but some of us are looking at the stars.のsomeをallに出来たら素敵だよね。少し視線を上げるだけで見えてくるものは絶対にある。どんなに落ち込んでいてもその重たい頭を垂れたままにしてちゃ、自分の呼吸が苦しくなっちゃうだけだ。全体としてはもう少し上手く繋いでほしい場面もあったし、少し勿体無い削り方をしている箇所もあったんだけど、瑞々しくて優しい映画だった。あんな本屋さんや博物館があったら絶対に通っちゃうよね。今年は子ども映画豊作ということで、この作品を皮切りにどんどん観に行きたいな。
純