Inagaquilala

ベロニカとの記憶のInagaquilalaのレビュー・感想・評価

ベロニカとの記憶(2017年製作の映画)
4.0
この作品の監督は、インド映画「めぐり逢わせのお弁当」で長編デビューしたリテーシュ・バトラ監督なのだが、実は、この第2作目の「ベロニカの記憶」の後にNetflixオリジナル作品としてつくられた「夜が明けるまで」も監督している。「夜が明けるまで」はロバート・レッドフォードとジェーン・フォンダが共演した高齢者の淡い恋模様を描いた心温まる作品だったが、この「ベロニカとの記憶」も主人公は60歳を過ぎた高齢者の男性。1979年生まれという意外に若いリテーシュ・バトラ監督なのだが、いずれの作品でも高齢者の心情を、巧みにドラマ化しており、なかなかの才能であると感じた。

原作は、カズオ・イシグロも受賞しているイギリスの著名な文学賞、ブッカー賞を受賞したジュリアン・バーンズの小説「終わりの感覚」。実は作品の原題もそのままなのだが、何故か日本では「ベロニカとの記憶」という意味不明な邦題に変えられている。

冒頭はイギリスのパブリックスクールのセレモニーの場面から始まるが、そこにひとり遅れてきた少年がクローズアップされる。次のシーンでは、老境を迎えた主人公の独居生活が描写されていく。その時点では最初のシーンと次のシーンのつながりは説明されない。この「謎」を残す展開は、導入部としてはなかなか興味を引くものだ。

いまは離婚してひとり暮らしの主人公トニーのもとに法律事務所から手紙が届く。かつて自分が愛して別れたベロニカの母親が死に、彼女がトニー宛てに遺品として日記を残しているというのだ。日記は若かりし頃トニーの友人だったエイドリアンのもので、エイドリアンは冒頭のシーンで遅れてきた少年その人だった。そこから物語は過去と往還しながら、主人公が若き日に体験することになった甘く苦い思い出につながっていくのだが。

ひと口に言えば、年老いた主人公の胸に去来するのは、悔恨と贖罪の意識だ。それが一通の手紙から呼び覚まされ、過去への真実へとつながっていく。そのあたりの物語の運びは、なかなか巧みだ。過去と現在が交差しつつも、現在の主人公の心情をはずすことなく、さらにベロニカとの再会ではひじょうにきめ細かい演出も施している。インド映画というと歌と踊りのイメージがあるのだが、そこから出てきたリテーシュ・バトラ監督が、これほどまでに繊細な演出をするとは。ヒューマンドラマを撮らせれば、見事な才能を発揮する監督と思った。第3作目の「夜が明けるまで」のほうを先に観てしまっていたのだが、この作品も負けず劣らず良い。
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