ブタブタ

喜望峰の風に乗せてのブタブタのレビュー・感想・評価

喜望峰の風に乗せて(2018年製作の映画)
3.5
もし自分が邦題を付けるなら絶対『ヨットおじさん』
ドナルド・クローハーストの生涯についてはネタバレであしからずm(_ _)m
世界初の単独無寄港世界一周レース大会で起きた5000ポンドの賞金を目的に出場したアマチュアセイラー、ドナルド・クローハーストの余りに悲劇的なお話し。
日本にもこんな人がいた。
『風船おじさん』
その無謀な挑戦に至る経緯と杜撰な計画、そして末路まで「風船おじさん」と「ヨットおじさん」はあまりにもそっくり。
事業を始めても失敗続きで何とかしようと思い付いたのが無謀な挑戦。
無理な借金をして、それでも結局資金も準備も全然足りないまま、スポンサーや家族や応援してくれる人々、更には無責任に煽るマスコミ等の手前、今更「止める」事も出来ず最後は崖から飛び降りる様に追い立ててられて出発する。
本心では始めから本人もこれが成功したり何らかの勝利を納める事なんて夢にも思ってないのに。
死出の旅、片道切符、殆ど特攻隊みたいな物。
それでも追い詰められて行かなきゃならない辛さ。

土曜の朝にやってる光浦靖子さんの「靖子でシネマ」のコーナーで紹介されてて興味を持ち鑑賞。

しかし最初はまだほんのちょっぴり希望はあった。
他の競技者(何れも名のあるプロセイラー達)と競い合う事なんて土台無理だし、取り敢えず大西洋辺りを彷徨いて世界一周したフリしてシレーっとビリでゴールする。
そうすれば日誌等詳しく調べられず、ズルした事はバレず何とか体面は保たれる(←酷い・笑)
しかし過酷なレースに競技者が次々と脱落し自分が繰り上がって二位でゴールしなきゃならない事が解りもうダメだと諦める。
ゴールもない、リタイアもない。
四方は海。
ヨットの中という狭い「密室」に閉じ込められて後は死を待つしかない。
この絶望と孤独。
ドナルドにとっては無間地獄に落とされたも同じだと思う。
そしてここからが、ドナルドの、そしてこの映画の真の「冒険」及び「恐怖」が始まるのだと思う。
ドナルドは無線で航行は順調との嘘の報告を入れていて、それは世界新記録ペースでそれを裏付ける為に嘘の航海日誌を付けていた。
それも段々と無理が生じ後半になると、もはや現実と妄想が入り交じった意味不明で支離滅裂な文章になって行く。
この「ドナルド・クローハーストの日誌」は出版もされていて特異な精神状態を知る為の研究対象にもなってるとか。
幻覚、妄想、夢、文学の引用、詩や今の状況を打開する為や自分の運命に関する哲学や神や宗教、もはやドナルドには「考える事」以外何も出来ず最後はただ毎日ひたすらこの「日誌」を書く事だけが生きる理由、存在する理由になっていた。

ここでちょっと長いですが夢野久作の小説より引用↓
「彼女は罪人ではないのです。一個のスバラシイ創作家に過ぎないのです。(嘘が)それが真に迫った傑作であったために、彼女は直ぐにも自殺しなければならないほどの恐怖観念に脅やかされつつ、その脅迫観念から救われたいばっかりに、次から次へと虚構の世界を拡大し、複雑化して行って、その中に自然と彼女自身の破局を構成して行ったのです。
 しかるに小生等は、小生等自身の面目のために、真剣に、寄ってたかって彼女を、そうした破局のドン底に追いつめて行きました。そうしてギューギューと追い詰めたまま幻滅の世界へタタキ出してしまいました。
 ですから彼女は実に、何でもない事に苦しんで、何でもない事に死んで行ったのです。
 彼女を生かしたのは空想です。彼女を殺したのも空想です。」
(夢野久作『少女地獄一話・何でもない』より)

嘘に嘘を重ねて、またその嘘を正当化する為にまた嘘をつく。
ドナルドを殺したのはそんな自らついた「嘘」で、自ら築いた砂上の楼閣の中で「嘘」の集大成とも言える大量の偽造の航海日誌、作り話、空想の物語、詩に囲まれて死んで行ったのだと思う。

もしドナルドが生きて戻っていたら、酷いバッシングに合っていただろうけど、この経験を元に何か別の道が開けたかもしれないのに。
『ライフ・オブ・パイ』の元になった「ミニョネット号・漂流食人事件」の様に「ドナルド・クローハースト遭難事件」もドナルドが書いた日誌を元に非現実的な冒険物語としてファンタジックな映画にしても、それはそれでアリだと思う。
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