TOSHI

あゝ、荒野 前篇のTOSHIのレビュー・感想・評価

あゝ、荒野 前篇(2017年製作の映画)
-
2021年の東京オリンピック後を舞台にした、前後篇305分の作品と聞いただけで、映画ファンの血がたぎる。1960年代の設定である寺山修司の小説を、大胆に再構築している。原作も前回の東京オリンピックの後が舞台なので、このような設定にしたようだが、これだけの長尺で、近未来を舞台にした作品は初めてではないか。

冒頭、新次(菅田将暉)がラーメン屋に入った所で、いきなり爆発事故が起こるシーンに近未来のような感覚があるが、描かれる新宿の街は、現在と殆ど変らず、むしろ昭和の時代が匂い立つような、裏通りや年季の入った建物が多く映し出される(新宿ではなくても、オリンピック関連施設の、跡地の描写は欲しかった気がする)。
幼い頃、父は自殺し、母親に捨てられた新次は、孤児院で出会い兄と慕う劉輝(小林且弥)と、高齢者を騙す詐欺をしていたが、仲間であるはずの裕二(山田裕貴)達に襲撃され、劉輝は半身不随になってしまう。少年院から出所した新次は、詐欺仲間から教えられ、祐二が現在、若手のホープとして所属するボクシングジムに殴り込みに行くが、強烈なパンチを食らい、追い出される。そして吃音と赤面対人恐怖症に悩んでいる(寺山修司もそうだった事を反映している)、床屋で働き、テイッシュ配りをしていた健二(ヤン・イクチュン)に助けられる。「息もできない」で強面ヤクザを演じていたイクチュンが、臆病な人間を演じているのに驚く。韓国人と日本人のハーフである健二は、日本に連れてきた元自衛隊隊員の父(モロ師岡)から虐待を受けており、全身からペーソスが溢れている。実は健二の父の海外派兵先での部下が新次の部下で、自殺の原因にもなっており、皮肉な運命の出会いと言える。健二は遂に、父親を置いてアパートを出る。

新次は芳子(木下あかり)と知り合い、激しいセックスをするが、芳子は男とホテルに行っては財布を盗んで消える行為を繰り返している女だった。有り金を盗まれるが、入ったラーメン屋で働いていた芳子と再会し、恋愛関係になっていく。本作には大震災の後遺症の流れがあり、被災地の仮設住宅に母を置いてきた芳子と別に、娘を探して上京し、バーで働くセツ(河井青葉)のエピソードが絡む(芳子とセツが親子なのかは、前篇では明らかにならない)。
新次と健二は、片目と呼ばれているボクシングジム・海洋拳闘クラブの隻眼のトレーナー・堀口(ユースケ・サンタマリア)に練習生として誘われており(独特のちゃらんぽらんな物言いが良い)、新次は復讐を果たすため、バリカンは内向的な自分を変えたい一心で、偶然にも同時にボクシングを始める事になる。新次は同時に、ジムの親会社から紹介された介護の仕事(老人の入浴や排せつの世話)も行うが、華やかな都会の中で、泥臭く踠く事になる。行く場所がない孤独な者同士が、目的は違えども励まし合い、友情を深めていく姿に感動させられる(新次は健二を、アニキと呼ぶ)。
全くの素人であった二人が、ジョギングやスパークリングを重ね、徐々にプロのボクサーとして完成されていく過程がリアルであり、重いパンチや素早いフットワークは本物のボクサーのようだ。堀口から依頼された、鬼コーチ・馬場(でんでん)の教えにより、新次は順調に強くなっていく一方、健二は相手を見る事ができずどうしても防戦に回ってしまうが、一発のカウンターパンチが強烈だ。

ボクシングと交錯して描かれるのが、自殺防止サークルのストーリーである。新宿の街で自殺を考えている人に接触し、ホームレスとなっていた健二の父や、原発事故を起こした電力会社のクレーム対応係を含めた数人をある場所に収容し、自殺防止フェスティバル(寺山修司的な、奇妙なヴィジュアルのパフォーマンス)に駆り出すが、壮絶な結末となる。
物語における必要性が分かりにくいが、ボクシングで生きる希望を得た二人と、死を考える人達を対比させる事で、近未来の縮図とする事を意図したのだろう。大震災の後遺症と合わさり、現在より少し息苦しさを増した時代の空気感が醸成されていた。

新宿新次、バリカン健二とリングネームも決まった二人が迎える、プロデビュー試合。親会社の社長・宮本(高橋和也)と美人秘書・京子(木村多江)も観戦に来るが、京子は新次を見て驚く。そして魂を削り取るような戦いの末の、明暗別れる、二人の試合結果…。

間延びや無駄を感じさせない、157分間に圧倒された。「二重生活」と同じ監督の作品とは思えない、苛烈な青春物語に、観終わって映画の熱量を処理し切れなかった。菅田将暉は出演作が多過ぎだが(というよりも、日本映画が菅田将暉に依存し過ぎか)、まさに代表作になったのではないか。原作の孤独や愛情への飢えといった主題はそのままに、原作の時代とは異なる、近未来の荒野の風景を突き付けてくる作品だ。約二時間半の作品を二回観に来いという横暴な上映形式を、すっかり受け入れてしまい、後篇が待ちきれない自分がいる。
TOSHI

TOSHI