TOSHI

ライフ・イットセルフ 未来に続く物語のTOSHIのレビュー・感想・評価

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昔に比べて、映画の画質は格段に向上しているが、見せ方、語り口の方法論が向上しているとは言えない。殆どの新作は、既存の手法、映画文脈で作られている。勿論、長い歴史で出尽くしている中で、新しい方法論を生み出すのは並大抵ではないが、少なくとも気概は見せてほしい。その意味で、時間軸をシャッフルした映画と聞けば、それだけで興味が湧き観賞したが、これは、中々凄い作品だった。

サミュエル・L・ジャクソンがカメオ出演する冒頭部分がトリッキーで、本作の一つのテーマである「信頼できない語り手」を暗示する。5章構成の1章「ヒーロー」は、ニューヨークが舞台で、長く入院していて落ちぶれている、脚本家のウィル(オスカー・アイザック)が主人公だ。彼はドクター・モリス(アネット・ベニング)から、セラピーを受けている。ウイリーはかつて、妻・アビー(オリヴィア・ワイルド)と幸せの絶頂だったが、妊娠していたアビーはバスに轢かれて亡くなったのだった。子供は奇跡的に助かっていたが、現実を受け入れられないウィルは、会おうとしなかった。ウィルとモリスが、恋人時代のウィルとアビーの映像に入り込む見せ方に、作り手の冒険心が現れている。セラピーは上手くいかず、ウィルは突然に…。
2章「ディラン・デンプシー」では、ボブ・ディランに心酔していたアビーに因み、ディランと名付けられた娘(オリヴィア・クック)が描かれる。悲運の少女は祖父に育てられ、21歳になっていたが、髪を赤く染めてバンドをやり、心は荒れているようだ。
3章「ゴンザレス一家」では一転して、スペイン・アンダルシアのオリーブ農園で働くハビエル(セルヒオ・ペリス=メンチェータ)と、雇い主のサチオーネ(アントニオ・バンデラス)が描かれる。サチオーネに認められて作業長に任命されたハビエルは、イザベル(ライア・コスタ)に求婚し、息子・ロドリゴも出来るが、彼がいない時に度々、サチオーネが家にやって来るようになる…。ゴンザレス一家の物語と、デンプシー家の物語の接点が衝撃だ。つまり本作は、ある事件を巡る二つの家族の、世代をまたいだ物語なのだと分かる。
4章「ロドリゴ・ゴンザレス」では、ロドリゴ(アレックス・モナー)とイザベルの親子の愛と、ある出会いが描かれるが、5章の主人公は…。

物語の語り口に、圧倒される。人間は誰もが自我を持ち、生きて行くのは自分という固有の存在だと信じて疑わない訳だが、実は生きて行くのはDNAであり、一人の人間はその数十年間の“乗り物”に過ぎないのだ。子孫により肉体を変えるが根は同じであり、同じような異性に惹かれ、同じような人生の苦境に遭遇する。その長い時間の物語を、時間軸をシャッフルし、大胆な省略を交えてコンパクトな作品にまとめたダン・フォーゲルマン監督の才気に唸る。アメリカでは評論家受けは良くなかったようだが、何を見ているのかと言いたくなる。
「パルプ・フィクション」(クエンティン・タランティーノ監督)へのオマージュがあるが(サミュエル・L・ジャクソンの出演も、そうなのかも知れない)、時間軸の操作や複層的なストーリーテリングという意味では、パルプ・フィクションとはまた違う独創性がある。
学生時代のアビーが卒論のテーマを、文学作品の作家を信頼できない語り手と捉える事に決めるが、幸福やどん底を設定し人生を物語る事自体の欺瞞を指摘した上で、たたみかけるような洗練された映像で、新たな物語のスタイルを切り開いた、野心溢れる傑作だ。
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