このレビューはネタバレを含みます
嘘も屈せずに貫き通せば、現実味を帯びてくる。
たとえば、浮気をした夫に妻が「あなた、浮気をしたでしょ?」と、証拠を突きつけたとしても、「そんなことはしてない!」と一切怯むことなく、ずーっと強く言い張っていれば、そんな浮気なんてまるでなかったかのようになって、証拠を突きつける側が「え?自分が間違ってるの?!」と自己不信になってくる…なんてこともあるかと思います。
主人公のトーマスは、まさにそれ。些細な嘘の積み重ねによる負の連鎖。かなりタチの悪いブラックコメディ。
原題の「Nichts passiert」とは「何も起こってない」という意味で、まさにこのフレーズは、トーマスの中での正しい世界のことなんだと思います。どんなにまずいことが起こっても「そんなことは起きてない」というスタンス、生き方、主義(イズム)。「何も起こってない」と強く突っぱねて言い張っているからこそ、事故や災難が起きてもなんとかなっちゃって、悪運の強さを引き寄せているのかもしれません。
事なかれ主義で、みんなにいい顔をする。そのためにNOは言わない。だから、その場しのぎの嘘もバンバンつく。トーマスの悪びれることのない嘘は、虚言癖に近いかも。「何も起こってない」とどんなに本人が言い張ったところで、端から見たら帳尻が合わないのは当然。嘘は嘘ですから。
自分の正しい世界を貫き通そうとするがあまりに怪我人を出すわ、殺人までやっちゃうわというトーマスの狂気。スキーリゾートで家族が気まずい雰囲気になるというシチュエーションは、「フレンチアルプスで起きたこと」を思い出しました。でも、あちらの比じゃないくらいにこちらのお父さんのがヤバい。
長い倦怠期の妻と反抗期の娘。これだけでまずは面倒臭いわけだけど、そこに自分の娘を部下の家族旅行に託すトーマスの上司や我儘娘という面倒臭さも加わって、まるでトーマスが一番まともなんじゃないかと思わせておきながら、そのトーマスが相当面倒でヤバかったです。まぁ、類は友を呼ぶということで。