netfilms

エルネストのnetfilmsのレビュー・感想・評価

エルネスト(2017年製作の映画)
3.6
 「もし我々を空想家のようだと言うなら、救いがたい理想主義者だと言うなら、できもしない事を考えていると言うなら、我々は何千回でも答えよう。その通りだと。」1967年10月、ボリビア戦線で39歳という短い生涯を閉じた革命家チェ・ゲバラの言葉を冒頭に冠した物語は、ボリビアでもキューバでもなく、アメリカに核爆弾が落とされた「広島」から始まる。1959年、外務省の中南米課のもとに1本の電話が入る。キューバ革命が成就してから僅か10ヶ月、''エルネスト''チェ・ゲバラ(ホワン・ミゲル・バレロ・アコスタ)が日本の広島を訪れていた事実に驚く。来日する使節団の団長が少佐だと知った日本の新聞社の記者たちは、ガッカリして取材を取りやめるのだが、ただ1人中國新聞社の森記者(永山絢斗)だけは彼の動向を追う。後ろに原爆ドームを臨む平和記念公園献花台、手を合わせ祈りを捧げたチェ・ゲバラは森記者に対してこう呟く。「君たちはアメリカにこんなに酷い目に遭わされて、どうして怒らないんだと」。この広島訪問の様子はチェ・ゲバラの熱心なファンならば周知の事実かもしれないが、ウォルター・サレスの2004年作『モーターサイクル・ダイアリーズ』にもスティーブン・ソダーバーグの2008年の二部作『チェ 28歳の革命』『チェ 39歳 別れの手紙』にも出て来ない阪本順治独自の視点である。

 今作が奇抜なのは、冒頭に冠された言葉も開巻早々物語を動かすのも、主人公ではなくあくまで端役のチェ・ゲバラだという事だ。ゲバラの広島訪問から数年後の1962年、1人の日系人青年がキューバを訪れる。愛する祖国ボリビアのために、将来は医者になろうと決意したフレディ・前村・ウルタード(オダギリジョー)は大きな大志を抱きながら、バスに乗り込む。横にしたトランクケースがつっかえたルイサ(ジゼル・ロミンチェル)の荷物を上げてバスに乗せたフレディの青春時代は、僅か5日目に「キューバ危機」に直面する事態となる。大志を抱き、隣国へと渡った青年の夢と挫折を演じるオダギリジョーは実年齢40歳を越えているが、明らかに無理のあるフレディの青春時代を演じるにあたり、12kgの減量をして、全編スペイン語での演技に果敢に挑戦している。学業優秀だった学生時代、同じ部屋になったベラスコ(エンリケ・ブエノ)との確執。ハシント(ダニエル・ロメーロ)やアレハンドロ(ヤスマニ・ラザロ)との友情、そして運命の女ルイサとのロマンス。幾分駆け足な描写になっているものの、監督が何度も推敲し、フレディの人となりを描こうと苦心した姿はフィルムに映る。

 ただ惜しむらくは、なぜフレディ・前村が革命戦士チェ・ゲバラに傾倒したのかが今ひとつ見えて来ないため、物語全体の求心力が散漫な印象を受けた。クライマックスの戦場描写も、大事なショットがほとんど欠けており、率直にこれが阪本順治の映画とは俄かに思えなかった。一例を挙げるとすれば、女兵士タニア(ミリアム・アルメダ・ヴィレラ)の描写は、前半のルームメイトたちの描写と比すれば随分物足りない。水槽に沈む死体のアップは来たるべきラストの前振りだったのだろうが、思いの外撮りたい絵がほとんど撮れなかった監督の悔しさが滲む。主人公はフレディ・前村であって、チェ・ゲバラではない。実在の人物を初めて描いた阪本はその事実に最後まで苦戦した印象が拭えない。聴診器の代わりに銃を持ったフレディの思いは、現代に老人になってしまったかつての同僚たちにリレーされ、国を思うことが少なくなった我々の魂に訴えかける。
netfilms

netfilms