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否定と肯定のfyodorのネタバレレビュー・内容・結末

否定と肯定(2016年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

アウシュビッツ強制収容所に行ったので、映画「否定と肯定」を再度観ました。
 アーヴィング対ペンギンブックス・リップシュタット事件を映画化した作品で、「ホロコーストは無かった。」と主張する歴史修正主義者、否定論者、異常者がまともな学者に喧嘩を売って敗北する映画です。フェイクニュースやポスト・トゥルースが跳梁跋扈して視野の狭い右翼や保守が嘘をうるさく主張する現代にふさわしい映画です。
 
 1994年から2001年にかけてホロコースト否定論者のデヴィット・アーヴィングがリップシュタット先生が大学でホロコーストについての講演会を行っている時に勝手に入ってきてが鳴り散らすところから始まります。
 元々このアーヴィングはイギリス人ながら子供の頃から敵国のヒットラーが好きで、ナチスによる空襲の最中に「ヒットラー万歳」と叫んで外を走り回っていた子供でした。ただしこれはありえることで、元々ナチスは大衆受けするようなカッコイイことをしていました。カッコイイナチス用制服やハイル・ヒットラー敬礼等多数の人間の統一した動き、大量のハーケンクロイツ、暗闇で灯りや火を使った演出等、プロパガンダは巧みで、それに感化されたのです。感化されて気分がよかったから戦後もヒットラー好きで修正主義に走っていきます。
 更にナチスは第1次世界大戦敗北後のベルサイユ体制で諸外国から押さえつけられて経済的、政治的に鬱屈していたドイツ人に働きかけるような方法を取っていました。つまり鬱屈した人々にとってはナチスは憂さを晴らすいい手段で、特に保守や右翼のような近視眼的であまり頭を働かせない人々には熱中しやすい玩具です。自分が正義の味方になったような気分の良さ、他人を見下すことができる優越感を得ることができます。嘘でもいいから信じることができたら気分がいい。だから嘘でも信じる。そこにつけこんでアーヴィングのような修正主義者は一定数の支持を得ることができます。一般社会では無理ですが閉鎖された集団内では有効です。
 アーヴィングがこの裁判を起こしたのはリップシュタット先生に自分の説を科学的に論破された(西村博之のこじつけ論破とは違って)のみならず、ここで裁判で勝てば歴史研究者、学者として認められる、との承認欲求もあります。アーヴィングは貧困のため大学入学→中退が2回あり、大学や学術研究に対するコンプレックスがあったのです。
 歴史的裁判なので結果は最初から分かっていてペンギン出版・リップシュタット先生勝訴、否定論者のアーヴィングの敗訴です。そもそもホロコースト研究とは何万人もの生存者から聞き取り調査を行い、何千人もの学者が研究を積み重ねてきた分野で、非科学的否定論者が何をどう言おうが勝てません。

 映画は前半は弁護士とリップシュタット先生との対立があります。これは法廷闘争で最も効果的な戦法を採用することを主眼とする弁護士と犠牲者に敬意を払い聞き取りや分析を真摯に行ってきた学者のリップシュタット先生との対立です。仕事内容が違いますので最初は対立して当然です。しかし後半はリップシュタット先生は弁護士の方針、基本理念を理解して共闘していきます。

 否定論者アーヴィングの方法はこじつけやいいがかり、混ぜ返し、中傷しかありません。「ホロコーストの建物にある扉のドアノブが付いていた位置は右ですか、左ですか。」そのようなどうでもいい質問をして、当然そんなつまらないことは覚えてないので犠牲者が答えられないと「答えられないのでホロコーストはありませんでした。はい論破!」と喜ぶただのバカです。
 そのため他人にいちゃもんをつけるのは可能でも、自分が証言台に立ち説明する側になると、過去の発言、記録を精査した弁護士から突っ込まれるとしどろもどろになりまともな説明ができません。所詮その程度の人間です。

 最後はリップシュタット先生が勝訴します。何十年にもわたる真摯な学術研究が自分の気分さえよければ犠牲者を貶めても構わないとする薄っぺらい愚かな否定主義者に勝利を収めたのです。勝てるはずがありません。

 ところで多くの日本のレビューを読むと本筋と違った見方をしてリップシュタット先生の悪口を言ったりホロコーストを否定する連中がいます。なぜそのような奴らがいるか述べていきます。
(1) 女性蔑視
日本はジェンダー指数125位の女性差別国家で女性差別主義者が諸外国より多い国です。そのような国ではリップシュタット先生のような女性が学者で自分の論を堂々と述べることに我慢できません。彼らにとって理想の女性とは男の下にいて男にかしずき男を立てて男が優越感を得ることのできる女です。リップシュタット先生はそのような差別主義者の理想的女性と正反対にいるので腹が立って我慢できない。そのためなんでもいいから悪口を言います。よくあるのは「女は男より感情的で思考力が低い。」というものでこれを当てはめて「リップシュタットは非論理的自己主張ばかりして弁護士といがみ合っている。」という悪口です。映画を観れば弁護士の法廷戦術の学者の研究姿勢との対立でそれもだんだんリップシュタット先生が理解することで解消するのですが、差別主義者はそんなことは認めたくありません。
(2) 日本の戦争犯罪を否定したい
日本も第2次世界大戦中に中国や朝鮮半島で大量の戦争犯罪を行いました。南京大虐殺、731部隊その他いろいろです。日本の保守や右翼の特に頭が悪く視野が狭く反知性主義的な連中はその傾向が強くあります。ドイツも日本と同じ敗戦国で戦争犯罪が多い国だから、日本とドイツと同一視して「ドイツの戦争犯罪たるホロコーストは無かったっー!うおっー!」と主張したいのです。それで日本の戦争犯罪が消えることはありませんが、彼らの頭の中では消えて気分がいいのでそう主張します。

 このような連中は別に日本だけではなく世界中にいます。自分の愚かな面、ダメな面、悪い面を直視する強さを持たず嘘や妄想の世界に入っていい気分に浸りそのまま現状を悪化させていく連中です。このような哀れな人々のためにもこの映画はあります。
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