YAJ

否定と肯定のYAJのネタバレレビュー・内容・結末

否定と肯定(2016年製作の映画)
3.0

このレビューはネタバレを含みます

【高価な真実】

 昨今よく見る"Based on a true story"が冒頭映し出される。2001年から始まった訴訟案件に基づいたお話。
 ホロコーストを研究する大学教授(レイチェル・ワイズ)が自著『ホロコーストの真実』の中で、デヴィッド・アービングという歴史学者をホロコースト否定論者と断定していると本人から名誉棄損で訴えられることからお話は始まる。

 イギリスでの訴訟は、被告側が立証責任を負う。ということで、レイチェル・ワイズは”ホロコーストが歴史的事実である”ということを法廷で証明しなければならなくなり、弁護団と一緒に裁判を争うというのが大筋。

 近年大流行りのナチスもの、ヒトラーものとして観てみたけど、いわゆる法廷劇であり、しかも被告が原告をやりこめるというより、主眼はアメリカ人の被告(レイチェル)が、イギリス人の弁護団といかに分かり合い、勝訴にたどり着くのかというチームワーク醸成にあったような(ややこしい)。訴訟好きディベート好きアメリカ人が法廷の場で原告をやりこめてやる!と息巻くのを、宥めすかし最善の解決に持ち込もうとする英国弁護団の老練な技に、じわじわと主人公が理解を深め心を開き反省もしていくというようなところが見せどころのようだった。後から思えば、だ。ちょっと分かりずらかった。

 従い、ホロコーストの事実云々や、法廷での丁々発止の議論の応酬、『女神の見えざる手』的な予想もしない大ドンデン返しで主人公側が快哉を叫ぶようなドラマチックさもなく、実に堅実で地味な作品だった。

 我が家的にはレパートリーとして観ておいても良かっかという程度。なぜか12月の封切の頃にもアンテナに引っかかっておらず、わが家の二番館下高井戸シネマに3月に掛かっていた時も気づかなかったという作品。そのころスル―したのも、なにか虫の報せでもあったかな?(笑)
「ココ○シアター」初利用。三番舘として、どうかなあ~、ちょっとココロモトナイ・・・。



(ネタバレ、含む)



 2000年1月に裁判がはじまり、足掛け5年の歳月をかけて判決に至ったという史実を、実は知らなかった(結果は原告アービングの敗訴)。そのこと自体は勉強になったなと思うところ。
 しかし、真実を守るための裁判とはいえ、膨大な費用がかかる点が気になってしょうがない映画だった。劇中でも「すでに800万ドルの費用が云々・・・」、「スピルバーグ監督が支援を表明し・・・」と、法廷に向かう登場人物を取り囲むマスコミの実況中継の声が聞こえてくる。その費用が出せないと、真実は真実でなくなるのか?と暗澹たる気持ちにもなった。
 あとでWikiってみたが、5年で1600万ドルという裁判費用がかかったそうだ。なんか違うでしょ、って感じ。世の矛盾を感じます。学問として、あるいは歴史事実の研究成果の論争を法廷で争っちゃあいけないってのが本件での教訓なんでしょうね。

 これまたWIKI情報ですが、この後、アーヴィングを逆に刑事処罰すべきという主張が起こるのに対し、被告側だったリップシュタット教授は、その起訴に反対する署名に加わっている。法廷論争の無益さを身に染みたからかなと思った

 ことほど左様に、なんだかなあの法廷論争が繰り広げられ(もちろん相手を論破するための戦術や弁護団の奮闘は賞賛に値するし、見応えもあるのだが)、善玉悪玉も分かりやすく描かれているので結果も自ずと知れる(その通りに進む)。
 それじゃツマラナイと、主人公と英国弁護団との駆け引きが実はミソだったんだけど、その両者の対立がエッヂの利いたものでなく、所詮、仲間内の不信解消と相互理解のゆるやかな進展で、それをじんわり見せる演出がやや退屈。
 法廷論争も観る側をヒヤヒヤさせるような相手からの指摘もなく、法廷の外での部外者からの思わぬ妨害とか身の危険が及ぶというスリルもなかった。相手は狂信的なナチ信奉者の支持を受ける学者だ。それなりに危険な雰囲気は漂わせつつも、なにも起こらない平坦な展開は、こちらが勝手に伏線かと身構えて肩透かし。製作サイドは伏線として描いてなんだから、そんなもんだと言われればそれまでだけど、もう少し演出があっても良かったのに。

 いよいよ判決が下りる直前、裁判官が「虚偽を心から信じている者を嘘つきと呼べるのか?」と問題提起をするのが唯一のドキドキではあるが、仮にその点だけで、判決が被告に有利となるか不利に転ぶかは、もはやそれまでの論争や証拠の積み重ねがなんの意味もなさないものとなり、却って本作を不毛なものとしていたことだろう。

 ただ、この裁判官のひと言は、今の世の中にあって深い問いかけだなとは感じた。”虚偽を心から”というより、”虚偽”とすら思わず信じている者を果たして我々は嘘つきと呼べるだろうか? もっと言えば、その価値観が”正義”だと信じ込まされた者に他者は裁きを与えられるのだろうか?ということだ。 

 さらには、なにが正義? 守るべき真実って? ホロコーストがあったという事実は1600万ドルをかけてでも守るべき真実であったということか? というか、事実は金をかけないと守れないの? うーん。

 レイチェル・ワイズは、近年3本目かな。『ロブスター』『光をくれた人』とも地味な役だったので印象薄めだけど、今回の主人公も、論争の前面にも立たせてもらえず、ひたすらじっと我慢の被告人という難しい役柄だったと思う。
 ジョギングが趣味で、朝夕のランニングシーンが何度か映されるが、我が夫婦は観ながら「走り方が、なってないな」と間髪入れずチェックを入れていたのは言うまでもない(笑)
YAJ

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