TOSHI

羊の木のTOSHIのレビュー・感想・評価

羊の木(2018年製作の映画)
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私は原作物の映画と聞くだけで、作り手が怠慢な気がして、鑑賞のモチベーションが一段下がってしまう(そんな事を言っていたら、近年では観る映画がなくなってしまうが)。
吉田大八監督は前作でも、三島由紀夫の「美しい星」を大胆にアレンジしたが、漫画を原作とする本作でも、基本的な設定は活かしながら、大きな改変を行っている。まず元受刑者が集められる計画が、「過去を消した元受刑者の更生促進プロジェクト」から、「自治体が身元引受人になる仮釈放制度」に変更されている。刑期を短くして受刑者を養う国の経費を節減し、地方都市の過疎化の対策にもなる画期的制度という、より時代性を反映した計画になっており、このように独自の発想でアレンジするならば、原作物の映画化にも関心が高まる。さびれた港町に新住人として集められた、元受刑者6人(原作は11人)という状況設定は、如何にも何かが起こりそうで非常に映画的だ。
原作とは主人公も異なり、原作の富山県魚深市市長から、市役所の一職員になっている。主役が人気アイドルなのは不安だったが、杞憂だった。撮影スタッフに加わった、黒沢清作品のスタッフの効果もあり、恐怖が忍び寄る緊張感に溢れた作品になっている。

映画は、課長から内密に新制度のレクチャーを受けた月末(錦戸亮)が、元受刑者達を個別に、駅や空港に迎えに行く場面から始まるが、元暴力団員の大野(田中泯)や、傲慢な杉山(北村一輝)等、癖が強い人間ばかりで、素朴で「良い所でしょう。人も良いし、魚も美味い」と同じセリフを言う月末との対比で、不穏な空気が漂う。しかし中には、理江子(優香)のようにセクシーだが大人しく、どこが凶悪犯なのかと思わせる人もいる。6人はそれぞれ、市が用意した仕事に就くが(仕事先の人は、過去を知らされていない)、月末は、彼らが全員、元殺人犯という衝撃の事実を知る(月末の後輩も、ある方法でその事実を知る)。
そんな折、月末が高校時代から想いを寄せていた同級生・文(木村文乃)が、働いていた千葉の病院を辞め帰郷してきた。ずっと不機嫌そうな木村が魅力的で、特に月末と須藤(松尾諭)とでやっていたグランジ系バンドの練習を再開し、ノイジーなギターを掻き鳴らす姿が、地方都市に住む者の鬱屈した感情を表しているようで、惹かれる(ギターの運指は、正確ではないようだが)。このアンサンブルを繰り返す事で、物語に緊張感が加わっていく構成に唸った。
元受刑者の中で、最も不穏な空気を醸し出しているのが宮腰(松田龍平)だ。宅配の仕事は真面目にこなしているが、無表情で無邪気過ぎるのがどこか怖さを感じさせる。月末は宮腰が殺人を犯した理由を聞かされ同情し、宮腰がバンドに興味を持ち、ギターを始めた事もあり、友人となる。他の、理容師になった気弱な福元(水澤紳吾)、清掃員になった人見知りの清美(市川実日子)も、犯罪の同情すべき理由がある事が分かり、普通の人と殺人犯の間に明確な境界などなく、誰でも一つ間違えば殺人犯になりうるのだと思わされる。
介護センターに就職した理江子が、月末の父・亮介(北見敏之)と恋愛関係になる中、魚深の伝統的な「のろろ祭り」の開催が近づく。のろろは海から来た悪霊的な存在で、生贄として岬から二人が身を投げる必要があり、一人は助かり一人は助からないという言い伝えがあった。海岸には、のろろの不気味な像が祀られていた。祭りで杉山が宮腰に接触したり、体を求められた理江子と亮介の間で事故が起きたりするが、祭りで撮られた一枚の写真を契機に、映画はのろろの言い伝えが迫る、驚愕の展開となっていく…。

元受刑者のある者達は、仕事先の人に過去を知られながらも、受け入れられるのが感動的だが、ある者達は受け入れられず、自分を変える事ができないまま壮絶な結末を迎える。希望を歌っているのか、絶望を歌っているのか分からないニック・ケイヴの「DEATH IS NOT THE END」が流れるラストに、打ちのめされた。上から斜めに降りてくるエンドロールの違和感が、余韻を残す。吉田監督らしい、サスペンスフルな展開の末に、気がつけば想像もしなかった地平に連れていかれる作品で、これだけ飛躍させるなら、原作物でも文句はないと思えた。

タイトルの「羊の木」とは、かつて西欧で木綿は羊のなる木から採れると考えられていた事を指すようだが、本作の対極である単純さを象徴しているのだろう。元殺人犯という単純な括りでは捉えきれない、善悪が混在した人間の本質が、本作のテーマなのだ。
清美は海岸で羊の木が描かれた缶のフタを拾い、玄関に飾った後、夕食用に買った鯵を庭に埋める謎の行動を取るが、「死骸を埋めて木を育てる」事が、殺人犯の再生に重ねられているようにも思えた。
宮腰とつきあっている事が分かった文に、月末が腹いせ的に、宮腰の過去を漏らした時、文が「全てを理解した上で付き合うの?。分かりたいから付き合うんじゃないの」と言うのが印象的だが、人をレッテルで疑うのではなく、本当の人間性を理解するために、一歩踏み込んでみる事が大事なのだと思わされた。結果的に、レッテル通りだったとしてもだ。
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