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オリエント急行殺人事件のTOSHIのレビュー・感想・評価

オリエント急行殺人事件(2017年製作の映画)
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誰もが結末を知っていて、ある意味、壮大にネタバレしている古典的作品をリメイクするとは、どういう事なのか。三つの可能性を考えた。
1.結末が知られている事は承知で、独自の映像表現や演出で勝負する。
2.結末も含め、プロットを大胆に変更する。
3.特に若い世代は、原作も最初の映画化も知らない人が多く、原作通りでも驚かせられると想定し、加えて豪華キャスト等でデコレートする。
1や2だったら凄いと期待して鑑賞したが、残念ながら3に近いのではないか。しかし驚く程ではないが1や2のような創意工夫もあり、悪い映画ではなかった。

映画は偶然にも、現在世界中から注目されているエルサレムから始まる。朝食の風景で、ゆで卵二つの大きさが全く同じでないと気が済まない名探偵エルキュール・ポアロ(ケネス・ブラナー)の、神経質さや不完全な物を許せない性格が表される(その後も、右足で糞を踏んだら、左足でも踏む場面に笑う)。教会から貴重な遺物が盗まれる事件が起こり、ポアロはあっという間に鮮やかに解決するが、集まった市民の前で犯人を特定する前に、逃走経路まで読んで策を講じているのに感心する。エルサレムの去り際、ポアロが言う「世の中には善と悪しかない」というセリフが、本作のカギとなる。
ポアロはイスタンブールで休暇を過ごそうとしていたが、自国のイギリスである事件を依頼され急遽、知人でオリエント急行の重役であるブーク(トム・ベイトマン)のツテで、列車に乗る事になる。冬場は閑散期の筈のオリエント急行が、何故か満員だ。
美術商ラチェット(ジョニー・デップ)と秘書マックイーン(ジョシュ・ギャッド)と執事マスターマン(デレク・ジャコビ)、ドラゴミロフ公爵夫人(ジュディ・デンチ)とメイドのヒルデガルデ(オリヴィア・コールマン)、ダンサーでもあるアンドレニ伯爵(セルゲイ・ポルーニン)と伯爵夫人(ルーシー・ボイントン)、宣教師ピラール(ペネロペ・クルス)、医師アーバスノット(レスリー・オドム・ジュニア)、教授ゲアハルト(ウィレム・デフォー)、家庭教師メアリ(デイジー・リドリー)、未亡人ハバード(ミシェル・ファイファー)、自動車販売業のマルケス(マヌエル・ガルシア=ルルフォ)という、背景が異なる多彩な人達が乗り込んでいる。女性客が皆、美しいが、ハバード夫人の妖艶さが際立っている(スター・ウォーズのデイジー・リドリーの、ごつい体型や歩き方が気になったが)。

CGによる雪原を行くオリエント急行の映像が美しいが、別の意味で美しいのが、65mmフィルムによる車中の淡いトーンの色彩だ。本当に1930年代当時に、オリエント急行に乗っているかのような雰囲気が醸成されている。食堂車の料理も、実に美味しそうだ。
車中でポアロは、ラチェットから高額の報酬で、身辺警護を依頼される。詐欺師同然の商売をしていたため多くの人の恨みを買い、脅迫を受けていたのだ。ポアロはあっさり断るが、ラチェットの顔が嫌いという理由に笑う。深夜、雪崩により脱線した列車は、山腹の高架橋で立ち往生してしまう。そして停車した車中で、ラチェットが12カ所も刺された死体で発見される。(公式HPで公表されているとは言え)ジョニー・デップが早々に惨殺されるというのは特にファンにはショッキングだろう。死体が発見される際の、俯瞰で部屋を移動するショットに工夫がある。
医師のアーバスノットが死亡時刻を深夜0時から2時と断定し、ブークから依頼されたポアロが捜査を始めるが、最初に疑われるラチェットの側近である、マックイーンやマスターマンを含め、全員にアリバイがある(ラチェットの隣室のハバード夫人は、自分の部屋に男が忍び込んでいたと主張)。そして浮かび上がってくる、5年前に起こった、富豪の幼女が誘拐・殺害されたデイジー・アームストロング事件との関連性…。

ある乗客が刺されたり、自分も命の危険に晒されたりしながら、最終的にポアロは犯人を特定するが(乗客を全員横一列に並べるのは、最後の晩餐を思わせる)、その後取る行動が原作から変更されており、サプライズがあった。事件の真相を見抜いた後、世の中には善と悪しかないという信条のポアロがする選択が、余韻を残す。序盤と終盤で、車内の乗客達を外からロングショットで映すシーンがあるが、犯人が分かると、全く違った印象を受けるのが見事だ。

43年ぶりにリメイクしながら現代に通じる新しさはなく(現代劇にしても良かったのではないか)、乗客達の人物像の掘り下げの浅さや、ユーモアがやや空回りしている事など、文句を言おうと思えば言えるが、目くじらを立てて批判する物でもないだろう。古典的作品の映画化としては、頑張ったと思う。少し公開が早かったが、特に正月気分で観るなら楽しめる作品ではないか。ラストでは、続編(エルキュール・ポアロシリーズの他の作品)が示唆されていた。今回とはまた別の、豪華キャストが用意されるのだろう。
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