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8年越しの花嫁 奇跡の実話のTOSHIのレビュー・感想・評価

8年越しの花嫁 奇跡の実話(2017年製作の映画)
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完全にスルーしていた作品だが、ようやくDVD化された「ヘヴンズ・ストーリー」(2010年)を観ていた時、ウィキペディアで本作が瀬々監督作品と気付き、駆け込みで鑑賞した(私は、こういうパターンが多い)。中年男が一人で観るには、キツイ映画だが、客席はガラガラで結果的にはこの時期で良かった。スルーしていたのは、“感動の実話”という着想的に最も嫌っているタイプの作品であるからだが、瀬々監督なら、そんなよくある安直な作りの映画である筈はなかった。

2006年、自動車修理工場で働く尚志(佐藤健)は、先輩・室田(浜野謙太)に強引に誘われた合コンで、麻衣(土屋太鳳)と出会う。店を出た後、つまらなそうにしていた尚志に文句を言う麻衣だったが、意外な理由が分かり、打ち解ける。皆に笑われた尚志の、「趣味は車いじり、仕事は車いじり」という人柄を、好きだと言う麻衣。そして二人はデートを重ねて、親密になっていく。
土屋太鳳は確かに可愛いが、いわゆる“スイーツ映画”の域を出ておらず、スクリーンの中に存在するだけで、歴然と映画と思わせる力がないと私は感じていた。一年間デートを重ねた末、結婚の約束をする辺りまでは、従来と変わらないそんな感覚を覚えたが、一変するのが、潜伏していた原因不明の病気が顕在化してからである。麻衣が見る、幻覚の映像が恐ろしい。意味不明の言葉を叫びながら暴れ、病院で一命は取り留めながらも、意識は戻らない。むくんで歪んだ表情のまま硬直した、麻衣が衝撃だ。この衝撃は、いつも弾ける笑顔だった土屋太鳳が恐らく初めて、笑顔を失くした姿を晒している事によって増幅されている。麻衣は、抗NMDA受容体脳炎という難病だった(エクソシストの主人公も、現在では同じ病気だったと考えられているという)。
尚志は二人の出会いと同じ日に予約した結婚式をキャンセルしなかったが、その日も過ぎ、麻衣の長い昏睡状態が続いて行く。眠り続ける麻衣と、寄り添い続ける尚志を、移ろいゆく季節を背景に捉えた、美しい映像が印象的だ。
端正な顔立ち故に、口数が少ないとキザになりかねないのを回避し、あくまで素朴で誠実な青年像を作り上げている佐藤健も良いが、麻衣への愛情に溢れる浩二(杉本哲太)と初美(薬師丸ひろ子)の夫婦や、尚志を気遣う工場の社長(北村一輝)等、バイプレイヤーズが良い。尚志の事を考え、娘の事はもう忘れるように説得する浩二と初美、それでも引き下がらない尚志に胸を打たれる。
2年後、ある日突然、麻衣は目を覚ます。タイトルからして、8年後に花嫁になる事は分かっている訳で、目覚めたら物語は決着するのだと思い込んでいたが、記憶の戻り方がそんな事があるのかという意外な物だった。フィクションとしてそんなシナリオがあったら、ある訳無いと思われるような状態が、現実の出来事という重みを伴って迫って来ると同時に、これが映画化された最大の要因なのだと気付いた。
尚志は更に、麻衣の病との闘いを強いられる事になるが、遂に悲痛な決断をする。完全に別れてしまったかのような二人が、結婚式に至る終盤のドラマに涙をこらえきれなかった。尚志が撮影し、麻衣のケータイに送り続けていた、看病中の映像が、止まっていた時間を解凍し、愛を語る演出が出色で、麻衣が結婚を決める理由に感動させられた。エンドロールで流れる、BACK NUMBERの「瞬き」も、本作から感じられる幸せの意味とよくマッチしていた。

重厚な演出が強みの瀬々監督としては、ややタッチが軽く、あまり必然性が感じられないスクプリットスクリーン(画面二分割)など、らしくない部分もあったが、安易な泣かせの演出やセリフを排除してあくまでも映像で語る、同類の凡百の映画とは一線を画す作品になっていた。本作で新たな面を引き出された土屋太鳳の、今後に注目したい(既に出演が決まっている、スイーツ映画もあるだろうが)。
ごく普通のカップルが異常な危機に襲われ、壮絶な闘いの末に立ち直り、8年超しの約束通り結婚に至るという、まさに奇跡の物語で、フィクションにより奇跡を生み出すのが仕事の映画を、現実の出来事が凌駕してしまっていた。こんな奇跡の物語を、突き詰めた映像で語る、映像作家の矜持を持って映画化するのであれば、感動の実話もあって良いと思わされる作品だった。
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