Inagaquilala

ホワイト・ヘルメット -シリアの民間防衛隊-のInagaquilalaのレビュー・感想・評価

4.1
Netflixでリリースされた作品でありながら、本年度のアカデミー賞短編ドキュメンタリー映画賞を受賞した作品。同じくNetflixオリジナル作品でアカデミー賞の作品賞他4部門にノミネートされた「最後の追跡」と並んで、この定額配信サービスが供給する作品のクオリティの高さを物語っている。

タイトルの「ホワイト・ヘルメット」とは、内戦の続くシリアで、民間のボランティア団体として人命救助を遂行する「民間防衛隊」の通称。名前の通り、白のヘルメットを被って、空爆された現場にいち早く駆けつけ、被災者の救助にあたる。作品ではもちろん彼らに同行して撮影した迫真の現場映像も登場するが、隊員への綿密なインタビューとトルコで行われている救出訓練の様子も描かれる。

まず、「ホワイト・ヘルメット」出動に密着して撮影した爆撃現場での映像だが、これは凄い。カメラのすぐ脇で爆弾が炸裂していて、爆風で飛ばされたりする。撮影場所はトルコとの国境に近い、世界遺産の町アレッポ。政府軍を支援するロシア機の爆撃で建物が木っ端微塵に破壊されるが、まず現場に駆けつけ、生存者の救出に当たる隊員たち。このとき敵も味方も関係なく救出し、さらに噴煙漂うなかで瓦礫を掻き分け生存者を捜索する。

この現場映像のなかでの白眉は、破壊された建物の下から奇跡的に発見された生後1か月に満たない赤ん坊だ。ドキュメンタリーでは、「ミラクル・ベイビー」と名付けられたこの赤ん坊の1年半後、成長した姿をきちんと映像に収めることで、隊員たちの勇気ある行動が、いかに社会に「希望」をもたらしているかを視覚で伝える。救出した者と救出された者が、時を経て一緒のフレームに収まる光景は実に感動的だ。

それと、この作品のもうひとつの肝は、隊員たちへのインタビューだ。彼らはみな鍛冶屋であったり、洋服屋であったり、建設作業員であったり、この「ホワイト・ヘルメット」に入隊する前は、ごく普通の市井の人々だった。それが、何故、爆撃直後の現場で人々の救出にあたるという、命を賭した危険なミッションに携わるのか。隊員のひとりが言う。「それはこの国に希望を得るためなのだ」と。ここでも「希望」は強調される。

シリアの内戦は、2011年チュニジアのジャスミン革命から始まったアラブの春を源流とする。他のイスラムの国とは異なり、自由の波はこの国を政権側と反政府軍に分ける激しい戦いへと導いてしまった。さらに中東の地に新たな国を建てようとするイスラム国がこれに加わり、戦いは三つ巴の様相を呈している。そして政権側を支援するロシアや中国、対する反政府側にはアメリカやヨーロツパの大国がつき、さらにクルドなどの民族紛争も絡まり、内戦はもう泥沼化している。

その混迷のシリアにあって、「ホワイト・ヘルメット」はあくまで中立の立場を守っているというが、彼らが活動しているのは反政府軍の強い地域だけだとか、なかには異を唱える人たちもいる。しかし、この作品を観ると、如何に目の前に困難な状況に陥っている人たちがいて、それを自らの命もかえりみず救ける人がいるという、この事実は動かしようもない。

「ホワイト・ヘルメット」はいまやノーベル平和賞の候補にも挙げられる存在となったが、その隊員は現在約2900人。2013年以降、作業中に130人以上の隊員が命を落としたというが、救ったのは5万8000人にも及ぶという。この厳然とした事実は、まぎれもなくこの国に、そして世界に「希望」をもたらすものだ。隊員たちがインタビューのなかで語る「希望のない人生は虚しい」という言葉が、これほど重く感じられるのは、やはりこのドキュメンタリーが持つ作品力に他ならないかもしれない。
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