純

犬ヶ島の純のレビュー・感想・評価

犬ヶ島(2018年製作の映画)
4.2
守りたいものがある生き物の熱量は、ちゃんと目指す場所へ届くのだと思った。闘う理由、反抗する理由が曲げられない正義であるとき、自分を誇れるものであるとき、大きな力が私たちの味方をしてくれる。勝ち負けではなくて、守り通す強さをずっと抱きしめ続けてあげることが、一番大事だった。忘れられない過去と歩んでゆく未来のある、頼もしい光と躍動の物語。

本当にこの監督さんは日本が好きなんだなあと頬が緩む映画だった。浮世絵や和太鼓といったアイテムがきめ細やかに描かれていたからだけではなく、日本人の思考に寄り添った「奥ゆかしさ」をやさしく匂わせてくれていたから。独特のユーモアセンス(ウニ県とか最高だった)と感性で自分のスタイルも盛り込みつつ、こんなにリスペクトを示した作品を作れてしまうなんてね。愉快なんだけど寂しくて、残酷だけど希望も沢山あって。複雑で正解なんてないように見える世界の中で、彼の描く正義はなんて輝いていたんだろう。

病気を持った犬は皆ゴミ溜めの島に捨ててしまうという近未来の日本。登場する犬たちや人間アタリの涙が、切ないほどに澄み切っていたのが忘れられない。ああ、涙ってなんて美しいものだったんでしょうか。透明で弾力のある涙が瞳いっぱいに揺れて、零れ落ちることでしか伝えられない感情が私たちの中で溢れ出す。堪え切れなくなったって良いんだな。泣くことでしか生かすことのできない記憶だってあるんだよ。抑えていた悲しみも、知らなかった心地良さも、蘇る大切な繋がりも、涙となる美しい瞬間を、長い間ずっと待っていた。声にならない叫びや溜め息が、静かに透明の液体に溶け込んで流れていく。この映画で伝った全ての涙が綺麗で、可愛くて、私たちを肯定するやさしい天使の役目をしてくれていたことに、心からありがとう。

社会や世界といった大きな単位で行われる、ろくでもない陰謀や意地悪はどうして消えないんだろうね。大切なものを守るのに攻撃されないようバリアを張ったり、いっそのこと自分から相手を傷つけたりする道を選んでしまうからかな。そんなんじゃ、きみに守られる思い出や時間が悲しくなるよ。情けないなあ、恥ずかしいなあって、きっと思ってしまう。大切なものは、胸を張って真正面から大事にしよう。失くしたら、迎えに行こう。欠けてしまったら、一所懸命直してあげよう。忘れてしまっても、きみの捧げた愛が絶対にいつか呼びかけてくれる。その声を聴きとれないなんて失敗を、きみがするはずなんかない。

人間と犬のやりとりを通して、言語が伝えられる情報ってこんなに少ないんだ、と愕然とした。今や沢山のひとたちが複数の言葉を操れるようになっていて、それはものすごく素敵なことだけど、それに頼りすぎたら見逃してしまうことがこんなにあるなんて。でもだからこそ、分かろう、伝えようとする姿勢は美しいよね。相手へのリスペクトなんだろうね。相手のために待つことも、瞬きしないことも、考えることも、なんとか繋がろうとするその努力が、本当に温かい。お互いに励ましあって、涙の意味を慮って、なんだか羨ましいくらいに優しかったんだよな。惨めだとか可哀想だって言葉が降参するような世界があって、設定上はそう言えるかもしれないことが、彼らの生き方には全く当てはまらないんだ。

繋がって、託されて、巡っていく命と時間。終わりと始まりの曖昧な線引きと、でも確かに変わっていく今日からの日々。数え切れない壁を未来へと続く扉に変えて自ら開いてゆくこと、私たちにもできるんだと思えるね。冷たい風が吹くならあたためてしまえばいいし、でこぼこの道で足がぼろぼろになったら、柔らかな布で包んで癒してあげたらいい。諦めないことで続いていく道がきちんと用意されていること、絶対に絶対に忘れたくない。どこまでも巻き終わらない美しい絵巻物語。その続きを鮮やかに描いていくのは、監督が愛してくれた今日の私たちなのだろう。
純