TOSHI

バトル・オブ・ザ・セクシーズのTOSHIのレビュー・感想・評価

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アメリカ映画に、かつてないタイプの作品が増える一方で、何故そんな有名人・出来事を今更取り上げるのかと感じる作品も、相変わらずある。本作も有名なテニスマッチの映画化であり、着想としては感心しないが、ジョナサン・デイトン&バレリー・ファリス監督の「リトル・ミス・サンシャイン」が良かったのと、「ラ・ラ・ランド」の次回作として動向が注目されたエマ・ストーンが、数多あるオファーの中から選んだ役柄である事から鑑賞した。
1970年代、いわゆるウーマン・リブの時代である。女子テニス界のトッププレーヤーである、ビリー・ジーン・キング(エマ・ストーン)。殆どノーメイクで眼鏡をかけ、もさっとした感じのストーンに驚く。体格は筋肉をつけて、アスリートらしくなっている。
ビリーは、観客動員数は変わらないのに、発表された男子トーナメントと女子トーナメントの優勝賞金に8倍もの差がある、男女間格差に異論を唱えていた。全米テニス協会会長のジャック(ビル・プルマン)は、男性の方がパワフル・スピーディーで、女性とは能力に差があると考える男尊女卑的な思想で、ビリーの言い分を聞き入れなかったことから、ビリーは他の女性選手達と共に、「女子テニス協会」を立ち上げ、記者会見を行う。
資金もなかったが、友人の著名ジャーナリスト・グラディス(サラ・シルヴァーマン)が直ぐにスポンサーを見つけ出し、女性選手権の開催が決まる。女性をターゲットにしたタバコである、「バージニアスリム」選手権というのが時代を感じさせる。賞金は7,000ドルで全米テニス協会の1,500ドルよりはるかに高いが、アスリートが宣伝のためタバコを吸うのを条件としたスポンサーシップというのは、今では考えられないだろう。元選手のスタイリスト・テッド(アラン・カミング)による、カラフルなウェアに身を纏った選手達は、選手権に挑む。ビリーの大きな襟のウェアが印象的だ。

初戦を勝ったビリーを、会見前に髪を切ってくれた美容師・マリリン(アンドレア・ライズボロー)が訪ねてくる。ビリーは体のケア等、甲斐甲斐しく面倒を見てくれる夫・ラリー(オースティン・ストウェル)を愛しているが、同性愛が完全にタブーだった時代であり、マリリンに心惹かれる自分に戸惑いながらも体を重ねる。
そしてその夜、元全米王者のボビー・リッグス(スティーヴ・カレル)から電話があり、「対決だ!男性至上主義のブタ対モジャ脚のフェミニストだ」と捲し立てられる。引退後、ギャンブルに溺れていたのがバレて、妻・プリシラ(エイザベス・シュー)から離婚を切り出されていたボビーは、再び脚光を浴び妻の愛を取り戻そうと、男女対決を思いついたのだった。試合には、10万ドルの賞金が懸けられた。ビリーもそうだが、ボビーも本人にそっくりなのに驚く。断られたボビーは、ビリーの一番のライバルである、母親でもある現役選手として有名だったマーガレット・コート(ジャシカ・マクナミー)に戦いを申し込み完勝し、男が女より優秀だと証明したと吠えるのだった。一度は対決を拒否したビリーだったが、避けて通れないと感じた彼女は、ボビーとの世紀の戦いに挑んで行く。

29歳のビリーと55歳のボビーの対決は、大坂なおみと松岡修造が対決するような物で(違うか)、それは世間の興味を引くだろう。直接的にはプレーヤーとして男女に能力差はない事を証明するため、ひいては人としての男女平等のための戦いは白熱する。
スタント等で何とでもなるのに敢えて、二人が本当にテニスをしているのが意外だ。カメラワークによる誤魔化しがなく、ロングショットで、カットを割らずに試合を見せるのだ。特訓(フォームも完全コピー)したとは言え、流石に球速は本物のプロの一流レベルには見えないが、実際の生中継のような映像から、何が何でも勝つというひたむきさが伝わって来る。最初は宣伝用のジャンパーを着てプレイしていたボビーだが、追い込まれて遂にジャンパーを脱ぐ…。感動的なクライマックスの後、ラストのある人物によるセリフが本作を象徴する。
史実である事から試合結果は分かっており、ストーリーはシンプルなのだが、テンポ良く見やすい演出により引き込まれた。ストーリーはシンプルだが、背景は複雑だ。タイトルの意味は「性別の戦い」だが、男性VS女性という単純な図式ではない。女性を代表して戦っているように見えるビリーが、実は同性との恋愛に溺れる性的なマイノリティであり、女性の多数派を代表している訳ではないという点が、本作の焦点だろう。母親であり紛れもなく女性代表と言えたマーガレットが敗れ、胸を張って女性代表とは言えないビリーが、同性愛をパワーやプライドに変えて立ち向かう構図によって、多層的な感動がもたらされている。ボビーが単なる男尊女卑のどうしようもない人間ではなく、プリシラとの関係で、人間的に同情すべき部分があるのが分かってくる事も、作品に深みを与えていた。
男性は働いて稼ぎ、女性は家事をしてそれを支える。そして恋愛は男女間にのみ成立する物であるという、古くからの支配的な考え方を、一人の信念を持った女性が、ダイナミックに変えていく物語は、未だにそういった考えが蔓延る現代に、一回りしてインパクトを与える物だろう。不満を言えば、事実のインパクトに依存し、再現しているだけ(再現性は高い)の感があり、映画的な飛躍はなかったが、現代への示唆に富んだ、痛快且つ爽快な作品だ。
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