KnightsofOdessa

アルテミス、移り気なこころのKnightsofOdessaのレビュー・感想・評価

5.0
[神話の映画、映画の神話] 100点

人生ベスト。全秒が美しい。未だかつて、ここまで心震える魔法のような映画があっただろうか。女の子二人がわいわいやってるリヴェットとかロジェ的な作品でありながら、それら全てを越えうる神々しさに満ち溢れている。そもそも、アバンタイトルからして眩しすぎる。ナレーターと称する監督自身が街を歩きながら"私は彼女については何でも知っている(=全能だ)。おっと、彼女がそろそろ出てくるぞ"と言うと、アルテミスが窓を開ける。すると、カメラはモキュメンタリー的な冒頭から、アルテミスの部屋に一瞬で移動し、監督のナレーションが入る。彼女は文学部所属の大学生。一家は離散している。父はゼウス、兄はアポロ、父には愛人が多く母には会ったこともない。人付き合いが嫌いで部屋で過ごすことの多い彼女の部屋には、ミュシャの『アルテミス』が飾ってあり、怪しげな目でこちらを見つめている。彼女が大切にしているのは動物と子供であり、人間嫌いなアルテミスが子供とこれほど仲良くできるのは驚くべきことだろう、と。たった5分で、虚構と現実、神話と物語を繋げ、アルテミスという名の映画そのものが全能の監督の子供であるという構図までズバッとぶち抜くのだ。泣いた。これはヤバ過ぎる。

大学の講義(なんと事実と虚構の話をしている!)に出て食堂でカリーというブロンド美大生に会ったアルテミス。隣ではナレーターである監督が座り、"いいや、君は行動を起こさないさ"というと、カメラはアルテミスに向き直り、彼女は行動を起こす。そして、二人は一緒にルームメイトとして一緒に暮らし始めた。楽しそうに暮らす二人のモンタージュに監督のナレーションが加わり、更にはハープで奏でた印象的な音楽まで加わった魔法のような甘い時間。その中で、興味深いのは写真のシーンだ。カリーはアルテミスを"不滅のもの"にしようと彼女の写真を撮ろうとするが、アルテミスは"既に不滅のものだ"として写真に撮られたがらない。確かに返事として皮肉っぽく響くので正しい気もするが、よく考えると彼女は女神なのであり、不滅なのも頷ける。その後、砂浜でカリーがアルテミスを狩人の姿に見間違えて写真を撮るが、その写真は警察の訪問によって映画から失われる。不滅性の証明に使われた挿話だ。

ある日、朝早くからテンションの高いカリーはベッドの上でぴょんぴょん飛び跳ねながら"どっかに行こう"と言い始めた。アルテミスは眠い目を擦りながら南がいいと答えて車旅が始まる。ど陰キャのアルテミスはどこか私に似ていて、圧倒的行動力とコミュ力で殻を破壊してくるカリーとの関係性は見ていて微笑ましいし、実際こんな友だち居たらちょっとウザイ反面楽しそうだよなぁ…

誰も居ない砂浜でキャンプをすると言い張るアルテミスに付いて行くカリー。そこでアルテミスの昔の恋バナを聴いて盛り上がるが、カリーが一人になった時に警察に絡まれてしまう。ここで登場するのがアルテミスのお守りであり、彼女がそれにキスすると雷が落ちてきてカリーを助けるのだ。父ゼウスからもらったのだろうか、神話が地上に降りてきた瞬間だ。

そして、アルテミスは純潔の神でもある。そのため、カリーと共にピザ屋のイケメン店員フェルナンドを引っ掛けて三人でパーティに行くが、アルテミスは中々に消極的で、結局フェルナンドとセックスする場面になると彼を鹿に変えて逃げてしまう。それは父ゼウスとの約束でもあり、兄アポロと共に過ごした雪山のコテージの記憶を唯一カラーで引用しつつ、監督のナレーションが重ねられる。街に繰り出して見合う若い女性の心を満たして自分のニンフにする代わりに、ゼウスに永遠の純潔と石で出来た隠れ家を貰ったのだ。そして、カリーの名前がストー(Kalie Steaux)であり、処女性を失って雌熊に変えられた少女カリストーであることを我々に提示する。全く関係無さそうな彼女だって神話の登場人物だと分かった瞬間だった。これには流石に震えた。

アルテミスは修論をホークス的女性像で書くことに決めた。思い返して見れば、絶対古典映画なんか観ないだろう(偏見は良くないが)フェルナンドに『赤ちゃん教育』や『ヒズ・ガール・フライデー』をオススメするようなシネフィルだったのだが、どうも男に対して終わりのない戦いを挑み続ける女性たちを想像するのが好きらしい。ホークス的女性とは、男性と機知に富んだふざけた会話を交わし、個人的、性的に欲しいと思ったものを得るために行動を起こす女性のことを指すが、これは正しくカリーそのものだ。純潔の女神とホークス的女性、神話(歴史)と映画(映画史)を結びつけ、神話の映画として映画の神話を作り出したのだ。

最終的に映画は、カリーが戻ってきてアルテミスのベッドに潜り込む様を見せてから"映画って魅力的な映像で包み込んでるけど窃視的だよね"として目線を外す。あとは想像に任せるよと。こういった優しい眼差しで、映画と神話と現実と虚構を魔法のように繋いだ幸福の映画なのだ。存在が奇跡のようだ。と、私は思った。
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