せんきち

ニッポン国 vs 泉南石綿村のせんきちのレビュー・感想・評価

ニッポン国 vs 泉南石綿村(2017年製作の映画)
4.0
山形国際ドキュメンタリー映画祭2017の目玉の一つ。原一男の新作である。

アスベストを肺に吸い込むと長期の潜伏期間を経て肺線維症、肺がん等を引き起こす。2005年にクボタの工場周辺住民にアスベスト疾患が発生している事が報じられたのをきっかけにアスベスト健康被害が問題に。石綿(アスベスト)産業で栄えた大阪泉南地域の労働者、家族が国家賠償請求訴訟を起こす。最高裁判決まで8年に渡る長編ドキュメンタリー。


215分の長尺であるが全く飽きさせない。前半で原告及び家族などのインタビューを中心にアスベスト被害の深刻さを描いていくのだが、これが笑えてしまうのだ。泉南の人達は肺疾患で苦しい思いをして事実を認定しない政府に激しい憤りを感じているが、どこか呑気なのだ。ある意味、疾患、訴訟も含めた上で日常に消化してるのかも。


肺がんで亡くなった夫の人柄を語る涙ぐみながら語る妻に原一男が質問する。

「お酒も賭け事もしない真面目なご主人だったんですね」


「...賭け事はやったの。競輪、競馬、パチンコは一通り。パチンコで勝つと5000円くれたの。負けると一言も話さないからすぐ分かったわ」

と語るシーンは場内爆笑。いい夫婦だったんだなあと、それ故にアスベストで死なせることもなかろうにとも思う。


後半から事態は急展開。呑気なお人好し揃いの原告の中で唯一の問題児柚岡さんの登場。遅々として進まぬ裁判に憤り、アポなしで厚労省に行き大臣に会わせろと行動する。弁護士に無断で!本件の結果は知っていたが、それでもひやひやする展開。おま、そんな無茶やって責任とれんのかと。


ただ、原一男にとっては願ってもない展開で後半は柚岡さんを主人公に厚労省の役人への詰問、原告と弁護団との対立とめまぐるしい。

単純に国だけを悪役に描いている訳でもなく原告達の暴力性、そしてそれを煽る原一男の悪意までむき出しにしてて非常に面白い。


ただ、個人的に一番印象に残ったのはクレーマー柚岡さんではなく、前半のインタビューに出てた夫婦(名前は失念)。

夫が工場で働いて肺疾患に。妻はそれに怒って訴訟チームに入るのだが夫はそれに反対する。


「俺はアスベスト工場で一生懸命働いてお前と子供達を食わせてきた。お前はもっと金が欲しいのか。俺はお前にひもじい思いをさせていたのか」

「そうじゃないの。お父さんあんなに一生懸命働いてきたのに、こんな目に遭うなんて酷いじゃない。私はお金が欲しいんじゃないの。こんな事をした人達に謝って欲しいの」

「アスベスト工場がなかったら、俺はお前達を食わせてやれなかった。だからそんなに悪くいうな」


↑多分、こんな感じの会話だったと思う。夫をこんな体にされた奥さんの怒りも分かるし、自分が一生懸命働いた事まで否定されてる気分になってるご主人。本当に普通の夫婦の会話なんだけど、ドキュメンタリーじゃなかったら絶対出てこない会話である。国が悪い、工場が悪いとかそんな単純な話で割り切れないのだ。観終わった後も色々考えてしまう映画である。来年3月公開予定なので是非観ていただきたい。
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