ニッポン国 vs 泉南石綿村の作品情報・感想・評価・動画配信

「ニッポン国 vs 泉南石綿村」に投稿された感想・評価

たま

たまの感想・評価

3.9
これみてから駅前でアスベスト問題の署名運動してる人に話しかけてみたりしたんだけど、怒り怒り怒りって感じで落ち着いて話せなかった😢
深緑

深緑の感想・評価

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アスベスト被害者の3時間半に渡る闘争の記録。

嗚呼、労働と搾取。

結局、立場の弱い人・声の小さい人が矢面に立たされて一番嫌な思いをさせられるんだなぁ。

そういう意味で、アスベスト工場で働く事になった人達の事情と、原告団の前に出させられる厚労省の人達に共通するものを感じてしまった。

インタビュー中に映像が止まると、ドキドキします。
経済成長という大義名分の名のもとに国家が“使い捨て”にした庶民をなだめすかそうとする“お先棒”を担ぐような存在であってはならない裁判所。しかし実際のところはどうなんだと思わざるをえない泉州のアスベスト訴訟を長期間追い続けて我々には見えていなかった部分や生々しい現実を映像で切り取って見せてくれる原一男監督の最新作にして渾身の力作社会派ドキュメンタリーの傑作!
シナチQ

シナチQの感想・評価

4.0
インタビューしてた原告の人たちが次々と亡くなってく…知ってるようで知ってなかった石綿のこと…厚労省の役人らがほんと気持ち悪い…被害者が貧困層の人たちや在日朝鮮人だったのも知らずだった…3時間半長く感じず。
鬼才・原一男監督作品。2年前、山形国際ドキュメンタリー映画祭にて観賞。

お役所のクソみたいな対応が見られる映画。でも矢面に立たされてるあの人たちだって板挟みなのでしょう。上からの命令は絶対で、原告らからは責められ。一端の彼らにはどうしようもないのです。問題が起こったとき対応に当たっている役所の中間管理職の方が自殺で亡くなることはたまにありますよね。かわいそうでなりません。悪いのはニッポン国なのです。

2000年代前半から8年かけて撮った作品とあって、出てくる原告のおじーちゃんおばーちゃんたちが映画の経過とともに亡くなっていく。鼻に管を通しているけれど元気だった50代くらいのおばちゃんも、映画の終盤には痩せ細ってガリガリに。もうそれだけで悲しい。国賠訴訟ってのはそれだけ長い時間がかかり、原告側も歳をとるし体力も使うのだ。

笑いどころは原監督がとある90歳くらいの在日韓国人の元石綿工場労働者の方に、おそらくですがニッポンの悪口を期待して、誘導的な質問をするのですが、その方が一向にそんな答えをせず、むしろ日本への感謝の旨を口にした物だからさらに誘導しようとしたらちょっと怒られるシーン。ドキュメンタリーはそういう恣意的な所あるよね。
長い裁判

国は、4回の裁判に負けてるのに、なかなか負けを認めない。
その間、亡くなった人の数、多数。
国民のため、と国は言うけど、今作を観ると、もうそんな事は信じられなくなる・・・。

政府って、なんのためにあるのかな?

国会に直撃するシーンは、なかなか興味深かった。
あと、原監督のツッコミがツボ。
(すぐに戻ってきた。とか、官僚の方が道案内してすぐに消えた。とか。)

国民は、もっと怒ろう!!!
それでも、この国は何も変わらないだろうけど・・・。
被写体にカメラを向けることは、
銃を向けることと同義だ。

劇映画ばかり観てるとどうしてもそういうことに無頓着になる。

劇映画が、外でゲリラ撮影でもしない限り、画面上に登場するのは、あらかじめ撮られることを了解した人だけなのに対し、ドキュメンタリーはそうとは限らない。

劇映画は基本的に、観客を物語世界に没入させるため、カメラの存在を忘れさせようとするからだ。

一方ドキュメンタリーは逆だ。
現実世界の中にカメラという異物が置かれることで、出演者は否応なくそれを意識せざるを得なくなる。

劇映画はフィクションで、
ドキュメンタリーはノンフィクション。

よくそう思いがちだが、実際はドキュメンタリーほどフィクショナルなものはない。

ドキュメンタリーに客観や中立はありえない。敵対するか加担するかだ。

原一男という人は、アクションドキュメンタリーを標榜するだけあって、被写体のこめかみに銃を突きつけるような撮り方をすることがよくあるので、そういうことに無頓着だとよく誤解されるが、実際は逆で、そういうことに最も自覚的な人だと思う。

今回、奥崎謙三や井上光晴のようなエキセントリックな被写体がいないので、どうなるか心配だったが、氏のスタイルは健在だった。というか今回はインパクトある被写体に引っ張られない分むしろ、撮影の姿勢とその変化が伝わりやすく、純粋に原一男の方法論を追いかける映画となっていた。

当初は、60人もいればそのうち奥崎謙三的人物が見つかるだろうという余裕さえ感じたが、原告団が割と「まっとうな」人達ばかりで焦り始めたのか、誰かにターゲットを絞ったと思ったら中途半端に別の人に移るというのを何度か繰り返し、方法論に悩んでいる様子だった。

が、中盤辺りで、空振り続ける自らの「煽り」を通して、原告団の「まっとうさ」を浮き彫りにする方向に方針を変えたのではないか。
それが、原一男が原告団代表のひとりに対し、「怒りはないのか」と尋ねたシーンに象徴的に現れていたように思う。
原の問いに対し、原告団代表は「正攻法で戦う」と至極まっとうな受け答えをする。

自らがスケープゴートになることで、原告団の「まっとうさ」が強調され、結果、国の「不当さ」が際立つ。

その仕掛けに気づいたのだろう。

それ以降、原のスタイルが上手くハマり出し、従来の「煽り」に感化され、奥崎謙三的な行動に移る人物も出てくる。

原告団が一枚岩でない中、本当にクレバーに立ち回ったと思う。
結果、原告それぞれの戦い方を映し取ることに見事に成功していた。

個人的には、過去作を凌駕する傑作だと思う。

スマホで誰でも動画を撮れる時代だからこそ、「撮る」とはどういうことなのかを、原一男の視座に立ち、是非多くの人に体感して欲しいと思う。
これは民衆の映画である。
ドキュメンタリーとは、人々の感情を映すものだ(原一男監督)

TAMA CINEMA FORAM 2018にて観てきました。

『ゆきゆきて、神軍』で有名なドキュメンタリー監督、原一男による、大阪泉南のアスベスト問題を取り上げた傑作。
今の日本の民衆をアスベスト訴訟にかける泉南の人々を通し、これでもかというほどリアルに暴き出す。

原監督の過去作は狂った人々を撮った映画。でもこの映画に出てくる人々はごく普通。自ら勝ち取った裁判を「勝たせてもらった裁判」と言ったり、隠岐の遺族は掘り返すなと拒否したり。

長さは全く感じなかった。とても良かった。
原監督のお話も楽しかった。
国と争うという事がどういう事なのか。

国としてはメンツもあり、基本的には最高裁までほぼ自動的に控訴。そこには情けや思いやりはない。そこには組織の論理、国家としての根拠が関わるから。

その間に原告は長年に及ぶ裁判闘争を強いられ、少しずつ死者も出る。時間と体力と気力の勝負となれば、自ずと原告側に分は悪い。

それでも闘う姿はやはり尊い。
この3時間を超えるドキュメンタリーの2.5万倍ほどの8年間以上もの時間を費やして戦ったと考えてみるとそれは明らかだ。
フライ

フライの感想・評価

4.0
自分達の住んでいる日本と政府の闇が分かるドキュメンタリー作品。
大阪の泉南アスベスト訴訟原告団を8年間追った本作は観ていて国への憤りしか湧いてこなかった。何より観ていて辛いのは、原告の人達が裁判途中で次々と苦しみながら亡くなっていく姿は観ていてとても悲しくなったし、苦しくなった。2014年最高裁判決で勝訴したとは言え、一部の人にしか適用されない事や高裁で敗訴判決を下した裁判官、勝訴しても控訴、上告した政府に強い不信感を感じざる得なかった。
70年以上前から健康被害が指摘されながら1970年代アメリカでアスベストの危険性が訴えられ、国は把握していたにも関わらず、2010年代初めまで吹き付け以外の石綿製品が使い続けられたこの国の異常性は、薬や食べ物、施設や商品などでも同様の物が沢山あるだけに、結局日本は危険性を把握したとしても利益優先と何の責任も取らないのだとハッキリと分かり不信感と怖さを改めて痛感させられた作品だった。
殆どの人は自分や周りの大切な人が被害者にならないと動かないのは分かるが、こう言った作品を目にできるだけで、考え、動くきっかけにはなるので8年と言う長い期間原告団を見続け制作した原一男監督に感謝と尊敬の念を抱いた。
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