ニッポン国 vs 泉南石綿村の作品情報・感想・評価・動画配信

「ニッポン国 vs 泉南石綿村」に投稿された感想・評価

原一男監督の執念が感じられた。
8年間に及び裁判の争いを追ったドキュメンタリー。
213分という時間。どこも削ることができなかったのだろう。しかし、少しも長いと感じなかった。

アスベスト被害について、自分は本当に表面的なことしか知らなかったのだと思った。

解説やナレーションはなく、ほとんど全てが登場人物の生の声と行動で綴られていく。
台本やリハーサルがあるとは思えない、真実のドキュメンタリーだと感じられた。

タイトル通り、まさしく“ニッポン国”との闘いを見せつけられた。控訴・上告する国に、原告団同様の怒りを覚えた。

最高裁に勝訴した場面と、厚労大臣が原告代表として訪問する予定だった方が、訪問日の3日前に亡くなられた場面では、涙が溢れた。

それにしても、予想以上に酷い役人対応に呆れた。

国は最高裁の判決を認めて受け入れたが、何故昭和47年で線引きされたのか?と、近隣住民の被害がみとめられなかったのか?…疑問が残る。

苦しみの中、お亡くなりになった方々の、ご冥福をお祈りします。
べん

べんの感想・評価

3.0
アルテリオ映像館にて。次々と原告側の人が亡くなっていく切実さに胸を打たれた記憶。
藤岡

藤岡の感想・評価

3.9

このレビューはネタバレを含みます

国の対応酷すぎる。
当事者や遺族で納得してる人、納得していない人いたけどこの映画を観ている自分ですら納得できないということは、当事者や遺族は納得してると自分に言い聞かせているのではないか。悲しい、ものすごく悲しい。人対国じゃなくて人対人やからね。国の謝罪に感謝してる方がいたけどその感謝してる方の気持ちもわかる。その感謝にもいろんな想いがこもっているんだろうな。やるせない気持ちの爆発があの感謝にこもっているのかな。もし自分だったらどんな感情の爆発を起こしてしまうだろうか…
おもしろくて一気に見れた。
働く当時は新しい工業だし楽しいことも多かったんだろうな。

まったく関係ないけど、関東の人ってめちゃめちゃ花粉症多いのに何で誰もスギ植林のこと訴えないんだろ。
重症や死ななきゃいいの?わたし生きてるうちの不快感の方が嫌なんだけど。今の時代、死に重き置きすぎ。細長い消費者として生産されてる感じ…イヤァ
アスベスト被害者による国を相手にした長い戦いを描いたドキュメンタリー。

いやあ、やるせない。ムカつく。悲しい。

アスベスト被害者の苦しみを今まで知らなかったし、彼らが必死に国に対して訴え続けてきた事実を知らなかった。そんな自分も情けないと思った。

作品に登場するアスベスト被害者の方々が、長い長い裁判の間にどんどん亡くなっていく。やるせなさが心が押しつぶされそうになる。

厚生労働省の「お役所仕事」的な冷たい態度には怒りが込み上げてくるし、
やっと勝訴した!と思ったら即座に上告する内閣には怒りを通り越して呆れてしまう。

いざという時にこの「日本」という国は助けてくれるのか?

この作品を見ると国は到底助けてくれるとは思えない。

そんな、「国」に対する幻滅と、それでも諦めずに戦い続ける「人」の強さをひしひしと感じる素晴らしいドキュメンタリーでした。

2022/1/20鑑賞
KOMOTO

KOMOTOの感想・評価

3.4
原告側に肩入れするのはいいんだけど、ちょっと映し方がベタベタすぎて逆に引いてしまったかな…。7、80年代くらいの淡白さがもう少しあればまだ観られた。
日下勉

日下勉の感想・評価

4.0
水俣曼荼羅を観たので、こちらもアマプラで鑑賞。

水俣病はチッソという加害企業があり、アスベストはその危険性が予見されたにも関わらず規制を怠った行政(国)が原因という違いはあるにせよ、どちらのドキュメンタリーでも共通するのは、不条理さだと思う。

その不条理さの中で次々と原告のかたが亡くなられて行くのが、最後最高裁で勝利はしても、虚しさを感じた。
a

aの感想・評価

-
いくら後悔したって、いくら過去に戻りたいと願ったって、今しか生きられない世界で生きている。産まれ、生き、そして死ぬ、そんなサイクルをきっと、もっと注視し続けなければならない、注視され続けなければならない。画面が止まり次々と訃報が流れる、裁判を続けている間、元気なあの人も、余命を超えて生き続けていたあの人も、チューブを付けてはいるが生きていたあの人も次々に亡くなっていく。今という時間は止まることがない、動きと痛みを止めた過去は同時に痛み続けている、未来は明日より近いかもしれない、歳を重ねるということはそういうことだ。無意識に体内に溜まり時限爆弾と化したアスベストが、20年間苦しみ続けた夫の姿を見つめた日々が、ぶつけどころがありすぎて内に向き続ける怒りが、消えることも癒えることもない、それでも一つの謝罪と一つのお金で少しは変わるかもしれない、という。惨めか残酷か、はたまたちょっとした気まぐれの希望か、しかし何らかの形で姿を表した透明な光は人を人たらしめることになる。
最近、良質なドキュメンタリーをいくつも見ているので、自分の中で伝説のドキュメンタリー「ゆきゆきて、神軍」の原一男監督の長尺作品にも挑戦してみる。長いので見るのを後回しにしていたけど、ドキュメンタリー熱が冷めないうちに鑑賞。

さすがに見応え十分で長いのに面白くて一気に見た。アスベスト訴訟という退屈になりそうな話題を3時間半飽きずに見られるものを作る原一男はやはり鬼才だと思う。

柚岡氏の、「石綿は約100年続いたというのに国が賠償を認めたのは昭和33年から昭和46年というたった13年の間に働いていた人のみというところに国の悪意を感じる。それについては残念だったけど、で流されて終わりというのは納得いかない。」という発言はしごくまっとうで、共感する。なぜ期間を定めたのか。賠償したくないけれどしないことにはいかなくなったから、原告の要求がなかったのを良いことにギリギリラインを攻めたのか。賠償対象から外された原告共同代表の佐藤さんの号泣姿には思わずもらい泣きをしてしまう。国が控訴を重ねたのも、バタバタ亡くなる原告を傍観し、賠償金の支払いをする人を一人でも少なくするための時間稼ぎではないかと思ってしまう。

しかし感情的に首相官邸や厚労省に乗り込んでも何の意味もなく立場を悪くするだけで、見ていて虚しくなる。弁護士の存在がいかに大事かがうかがえる。弁護士こそまさに「話の分かるやつ」という典型だった。

トリッキーな柚岡氏のキャラが際立ち、原一男の映画のカラーを強めていた。この裁判は、記者会見などを見て記憶に残っていた方もいたけれど全容は知らなかったので、分かりやすく理解できて良かったと思う。国を相手取って裁判を起こすというのがどういうことかよくわかる貴重な一作。
大大

大大の感想・評価

4.1
大阪の泉南市には、石綿を扱う製造工場が点在し、栄えた。

そこで労働していた人や、その近隣住民に、25年以上の潜伏期間を経て、次々と肺に重い症状が現れるケースが多発する。

かつて工場を経営していた男性が被害者の会代表となり、国への補償を求める裁判を起こす。

被害者のインタビューにより、操業していた当時から石綿を原因に早死にしている人が多かったこと、貧しい人々が致し方なくやっていた仕事だったこと、

在日コリアンの方も工場に多く働いていたこと、韓国でも同じような被害ケースがあることなどがわかるが、

症状が急激に悪化する者が後を絶たず、次々と亡くなっていくことで、被害者の会代表者の男性の中に、焦りと罪悪感と、国への怒りが蓄積していく。

(「ゆきゆきて神軍」の奥崎氏と比較した?)原監督は、怒りを露わにしない住民の態度に疑問を投げかけるが、
住民の一人は、ルールに則って補償を得るべきで、怒りは無意味であると語る。



以下ネタバレ気味



控訴審で勝訴を収めるも、過去に国の責任を認めない判決も出たことから、代表男性は弁護団に秘密で、首相官邸に上告しないよう直訴を試みるが、門前払いにされる。

以後、代表男性と弁護団との意見の対立が目立つようになる。

最高裁での裁判中も、会の代表男性は厚生省大臣との直談判にこだわり、21日間面会を試みるが、厚生省は最小限の対応しかしない。

そして、ついに最高裁で補償を国に命じる判決が出たことで、弁護団も感情を露わにし、厚生省に対応を求め、泉南への厚生大臣の訪問謝罪が決まる。

補償の対象外とされた近隣住民や、被害者にとって、大臣の謝罪は心を動かす結果となった。

補償金の分配が無事進行するも、会の代表男性は、補償対象外の被害者の線引きをした判決や、それを仕方ないものと片付ける住民への疑問、国への怒りを募らせる。
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