内藤瑛亮監督という人の資質や作家性に対してこうも的確きわまりない題材を、的確きわまりないキャスティングとともに引き当てることができる、というその運こそが、監督の並々ならない才能そのものではなかろうか。
漫画を忠実に再現していると言えば確かにその通りなのだけど、あまりに濃すぎる原作に対して監督の作家性が全く押しつぶされない(その可能性もないわけではなかったはず)どころか強烈に画面に焼き付いているということ、このあたりをファンとしては喜びたい。
単に過激な、単に血糊が多いだけの映画を見たいわけではない。原作の残酷描写を映像のうえで完全再現したとして、そこに確かな痛みが伴わなければ、全く意味がない。
この監督は確かな、表層的ではない痛みを画面に焼き付けることができる。暴力描写を作品に取り入れる監督は少なくないが、その全員が実感を伴った痛みを描けるわけではない。そういう監督を僕は信頼する。
内藤監督がパンフレットのインタビューで言っている通り、作中で繰り広げられる暴力にはつねに自傷という側面がある。だからこそとてつもなく痛々しい。
痛みというものは、痛みの追体験によってしか癒やされ得ない。だから我々のためにこういう映画がある。誰かが本作を評して書いていたとおり、ティーンが派手な描写とともに殺されていくだけの映画(いや、そういうのも僕は嫌いじゃないですけどね)とは明らかに異なる。
これ以上あまりだらだら感想を書きつらねても、「失われた(奪われた)青春を描いた残酷物語であるというところ」「少年少女を主要人物に据えつつ、暴力というものが発動してしまう構造そのものを描いているところ」「エクストリームすぎて笑うしかない暴力描写」など、えんえんと原作に準じる感想が続きそう。しかしそれはやはり、映像化にこれ以上ないほどの的確さでもって成功しているということにほかならない。
過激な場面に目が行きがちなのだけど、後半で妙子と春花が対峙する場面とかも非常に素晴らしく撮れていて、こういうあたりも内藤監督の得意領域である、ということを感じさせる。
あとMDは最高。クラスで一番大人びているポジションの女子がMDウォークマンを使っている、という画づらが最高。そのあとの流れも踏まえてめちゃくちゃエモい。
そういう時代描写が、ロケーションの的確さも相まって、登場人物たちにここしか場所がない、という苦しさを浮き上がらせている。
上映後、一人で来ていたのだろうと思われる女子高生がパンフレットを買っていた。まだ多くはないと思われる劇場体験のなかで、きっとこの一本は強烈すぎる体験だったんじゃなかろうか。彼女の心に刺さったのかな、などと妄想して勝手にひとり感動していた。