TOSHI

犬猿のTOSHIのレビュー・感想・評価

犬猿(2017年製作の映画)
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私にも妹がいるが、兄妹というのは複雑だ。それぞれ自我があり、お互いに違うんだと思っていても、やはりどこか似ているのが、我慢ならない程、腹立だしく感じる事がある。同性同士の兄弟・姉妹なら、尚更だろう。家族の中の兄弟・姉妹にフォーカスし、これほどの確執を描いた作品はなかったのではないか。吉田恵輔監督は「さんかく」でも、姉妹と一人の男性の関係を描いていたが、本作は数段凄まじい作品になっている。前作「ヒメアノ~ル」ともまた違う、凄みがあった。

地方都市の印刷工場で働く和成(窪田正孝)は、父親が作った借金をコツコツ返済していたが、ある時、強盗の罪で服役していた兄の卓司(新井浩文)が出所し、アパートに転がり込んでくる。卓司は和成とは対照的な、凶暴で金遣いが荒い男で(首には入れ墨が見えている)、早々に強盗仲間が経営しているキャバクラで、かつての仲間を、自分が逮捕された切っ掛けの通報をしたと責め、痛めつける(卓司は通報したのは、その男か和成しかいないと考えている)。目付きの悪さや醸し出すヤバそうな雰囲気が、地と思える程ハマっているが、極端な人物像にリアリティがあるのは、新井ならではだろう。和成が留守の間にデリヘル嬢を呼び、和也から咎められると、「チ〇コ痒いぃ~」と言い出すなど、やりたい放題である。和成は卓司には頭を抱えているが、暴力を恐れ何も言う事ができない。和成にとって卓司は、最も身近にいる怪物なのだ。
和成の仕事の発注先である、印刷所社長の由利亜(江上敬子)は、和成に想いを寄せているが、太っていてルックスが悪いのがコンプレックスで、踏み出せない(台本でも太って容姿が醜い女性とされていたという役を受けるのは、キツかっただろう)。由利亜は和成を喜ばせるため、利益が殆ど出ない単価で、納期が厳しい仕事を受けてしまっている。妹の真子(筧美和子)は、同じ印刷所で働いているが仕事の要領が悪く、一方で顔やスタイルの良さでグラビアなどの芸能活動もしている。由利亜は真子に露骨に苛立ちを見せ、真子は内心で由利亜をバカにしている。卓司・和成の兄弟も、由利亜・真子の姉妹も対照的で、強さ・真面目さ・知能・容姿などを二人で分け合ってしまったといえ、自分が持たない部分を持っている事への憧れと妬み、自分が持つ部分を持たない事への苛立ちが入り混じり、まさに犬猿の仲になってしまっている。しかし血縁の事実からは、逃れられないのだ。

和成が無理な仕事を頼んだ代わりに、由利亜の希望で二人はデートするが、赤い菊の花が刺繍された手ぬぐいをもらい、その花言葉を知った由利亜が高揚して、踊り出すシーンが爆笑だが、流れが変わるのが、卓司が始めた胡散臭い輸入業の仕事の成功だ。急に羽振りが良くなり、親の借金まで返済してしまうと、和成の卓司への感情が一層複雑になる。そして和成が真子とつきあい始めた事を由利亜が知ると、彼女の和成との仕事ぶりや、真子への態度が急に厳しい物になる。
かつてアルフレッド・ヒッチコック監督は、作中で二枚目俳優をトラブルに巻き込ませる事で、醜男からの復讐をしているというような事を語っていた。それとはまた異なるが、吉田監督も登場人物に対する意地の悪い視点が感じられ(ダメ人間に対する愛情があった上での、意地の悪さだが)、登場人物をサディスティックに追い込んで行く。演技経験がない江上などは、一杯になっている事が伝わってくる。
次第に兄弟・姉妹の状況が均質化し、ツインバトルがピークに達し、修羅場がシンクロして描かれるクライマックスが凄まじい。そしてハッピーエンドが訪れたかと思いきや…。壮絶な愛憎劇の末に、なんだかんだいっても兄弟は身内であり、良き理解者である事が浮かび上がってくるが、それで終わらせないエンディングに痺れた。

本作の冒頭、東映のマークが出た筈なのに、青春恋愛映画の予告CMが流れて面喰ったが、和成がカーナビのモニターで見ている真子の出演する作品で、鑑賞後の共感した事を強調するコメントで感動を押し付ける、よくある映画CMのディスりになっていた(配給会社は、よく許したと思う)。観終わってみると、本作はそういったスイーツ映画とは対極にある、分かりやすい共感を拒むような作家主義の作品である事の、宣戦布告だったように思えた。
あまり注目される事がなかった兄弟の関係に切り込む事で、心に余裕がなくギリギリの状況で生きる現代人の人間性を抉り出し、ひいてはスイーツ映画が幅を利かす日本映画界に風穴を開ける、必見の作品である。
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