みかんぼうや

鈴木家の嘘のみかんぼうやのレビュー・感想・評価

鈴木家の嘘(2018年製作の映画)
3.3
【ヒューマンドラマか壮大なるブラックコメディか!?引きこもり長男の自殺という悲劇を背負った家族の物語】

これは人によって評価が分かれそうな作品で、観終わった後のレビュアーさんのコメントを読むのがまた面白かったです(私は普段観る前は敢えて詳しいレビューを見ないので)。

そして、予告映像が思いっきりミスリードを生みかねない作品の代表格のような映画。引きこもりの長男の自殺とそれに向き合う家族というかなり重めのテーマとは分かりつつも、予告ではそれにショックで気を失い長期入院中だった記憶喪失の母に「アルゼンチンで働いている」と嘘をつき続けるなかなかとんでもない設定と作中の比較的コミカルなシーンの繋ぎ合わせが目立っており、完全にコメディ色強めに見えますから。

実態としては、芯にあるのはやはり重めの“悲劇を抱えた家族”のヒューマンドラマ。レビューでも「コメディではなかった」という声が多いように、実際は映画全体の雰囲気は決して明るいものでもなく8割強はシリアスなテイストでありいわゆるコメディ映画ではないと思います。が、私は壮大な家族物ブラックコメディとして本作を観ていた気がします。そして、本作に関しては、結果的にこの見方が功を奏したと思っています。

というのも、先日の「ひとよ」と同じく、期待値コントロールの話になりますが、予告や序盤の展開でコメディ性が強い作品、と思ったことで、「ひとよ」の時に気になったリアリティの欠如が本作では気にならず受け入れられたからです(「ひとよ」は予告を見てリアリティの部分を期待し過ぎていたので)。

またもや自分の映画鑑賞者として嫌なひねくれ病が出てしまうのですが、スマホが当たり前のように使われる本作の時代設定で、いくらなんでもあれだけ息子愛が強く心配している母親が、数か月の間に音声通話やビデオ電話、または本人の写真1枚も無しに息子とのやりとりだけで満足して嘘を信じ込むというのはあまりにも非現実的ですし(入院中や帰ってきてすぐ、くらいなら分かるけど)、家族全員で手を変え品を変えだまし続けることもさすがに無理があるでしょう、と正直なところかなり序盤に感じました。これが“リアリティに溢れるヒューマンドラマ”という期待値を持って見ていたら、この時点で思いっきり引いた目線で見てしまっていたと思うのですが、上記の通り「本作はブラックコメディなんだ」という視点で見ていたので、普段だったら受け入れるのに時間がかかるこういった設定もすんなり受け入れられ、その後の展開にも入り込みやすかったです。

「結局、ヒューマンドラマなの?でもやっぱりコメディなの?」という狭間でフラフラしている感覚は序盤から終盤まで残り、変なもどかしさはありましたが・・・後半のかなり重めのところに急に霊媒師のくだりが入ってきて、一気にコメディ色が強くなったので、自分の中ではやっぱりコメディだったのだ、という着地点に辿り着きました。

ということで、自分としても面白かったのかそんなに面白くなかったのか、イマイチどっちつかずな感覚のまま鑑賞を終えましたが、以前、不登校や引きこもり経験者の社会復帰・自立支援に関する仕事に従事していた経験があり、親御さんや兄弟の話を聞く機会がとても多かったので、本作の両親や妹のそれぞれの立場や引きこもりとなった長男浩一に接する考え方の描写は、胸に突き刺さるものがあり、風俗まで足を運ぶくだりはともかくとして、最後まで浩一を信じたい気持ちや引きこもり生活から抜け出そうとしないように見える(実際には抜け出せない)浩一への苛立ちについては、とてもリアリティを感じました。

最後に本当にどうでもいい話ですが、大森南朋が演じる叔父さん役、個人的に好きなキャラでしたが、なぜかムロツヨシが頭に浮かんできたのは私だけでしょうか?しゃべり方も飄々とした雰囲気も、どこか似ているような気がしました。
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