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蜜をあたえる女(ひと)のKnightsofOdessaのレビュー・感想・評価

蜜をあたえる女(ひと)(2016年製作の映画)
3.5
[ブータン、神話的フィルムノワール] 70点

真夜中の村に降り立った三人の刑事。Chodenという女性を探していたが、あと一歩のところで逃げられてしまう。彼女は女子修道院院長を殺した第一被疑者なのだ。数年前に村に来たという彼女は"悪霊"と呼ばれており、村に様々な不幸をもたらす元凶とされていた。そんな魅力的なスタートから始まる本作品はブータンに誕生した神秘的かつ神話的なフィルムノワールであり、Dechen Roderの初長編映画でもある。もともとMV監督や広告制作者だった彼女は、2011年に撮った初監督作『An Original Photocopy of Happiness』がブリュッセルは香港で高く評価されたのこきっかけに映画を継続的に作り始めたらしい。ちなみに、日本でもKhyentse Norbu(ケンツェ・ノルブ)作品などのブータン映画は紹介されている。

刑事の一人Kinleyは上司の司令で一般人としてChodenに近付き、彼女の持つ不思議な魅力に魅せられていく。彼女はKinleyにブータンの神話を語り、それが物語の中心になっていく。異質な者として迫害された王妃、モンゴル軍の侵略に魔術を使って対抗した尼僧などの神話を語り部として演じる幻想的な回想シーンが随所に挿入され、本作品の中心となる尼僧失踪事件について、ヒントとも現代の神話とも答えとれる挿話を解説してくれるのだ。そして、それぞれの挿話に登場する尼僧や王妃、女神をChoden役のSonam Tashi Chodenが演じている。そのせいで現代にいるChodenが何者なのかが不明瞭になっていき、"ファムファタール"として非常にミステリアスな魅力を放つことになる。かつてノワール映画でここまで幻想的な作品があっただろうか。

物語は尼僧失踪事件とそれに関連した修道院の土地権利書を巡って次なる展開を迎え、ブータンでも起こっている土地開発問題を提起する。自然に溢れた村から木々の生い茂る山を通って都会に出てくる流れは、まるでブータンの開発の歴史をそのまま歩んでいるかのようだ。そして、元の家に戻ってきたはずが完全に異質なものとして放浪する都市パートでは、窃視的な追走劇やほぼ犯罪行為の捜査が繰り返され、往年のフィルムノワールが現代に蘇ったかのような豊穣さがある。その分(と言って良いのか)サスペンス要素はシンプルかつストレートなので若干拍子抜けする部分も少なからずあった。

それでも神話パートの強さは微妙なサスペンスを地上まで引っ張り上げる力があり、観るものを煙に巻いてしまうようなラストもその神秘的な力強さを確固たるものとさせている。この監督は次の次くらいの作品で世界中の映画祭を荒らしてそうな雰囲気を持っている。今後に期待しよう。
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