幻

点の幻のレビュー・感想・評価

(2017年製作の映画)
4.1
休みなのにめずらしく早起きをしたから、日常に溶け込んだ映画をぼんやり眺めたいと思った。外はくもり、まだ肌寒い三月。あと3ヶ月もすれば今年もまたこの画のような夏が来るのだろう。額に張りつく前髪、彼女のワンピースのあかいろが忘れられない。自転車をこぐ音、とびらの軋むおと、こころが軋むおと。いまにもこぼれ落ちてしまいそうだった涙は、きっと瞳じゃない、べつのどこかから溢れてる。気づいて欲しかった、気づかないでよかった。あなたに、あなたに。

あの日のはなしはしたくなかった。ふたり、口に出すのならすべて過ぎ去ったものとして扱わなくちゃいけないでしょう。わたしは、昨日起こったことも、初恋も、そのままの感情を抱きしめていたい。だから、ひとつひとつ声に出すたびに、ちいさなわたしが死んでいくような気がしてくるしかった。

ちいさいころからずっと、文章をかくのは苦手だった。言いたいことがたくさんあって、おもう感情はひとつじゃなくて、感じたおもいを必死に書きとめようとするけれど端からこぼれ落ちていってしまうばかり。それがむなしくて、さみしくて、だいきらいだった。ほら、いまでさえ指がうごくスピードよりもはやく、いろんな感情がうまれて、死んでいく。言語化しようと考えるうちに輪郭はぼやけて、無に還る。のこせないなら、考えていないのとおなじだよ。でもね、のこせたのなら、その言葉を読むたび、これから、永遠に、何度でもその瞬間にもどれるよ。誰かがつむいだうつくしい言葉が在ったとしても、拙くたってわたしが、わたしの言葉でつむいだことばにはきっとなにも敵わない。そのことに気づいてからやっと、文字におこすことがすきになったのかもしれない。

わたしは、言葉がすきだ。文章を読むことも、かくこともだいすきだ。身近にある言葉に触れるたび、その深さに気づくたび、日本人でよかったと泣き出しそうになるほど。ふたりが交わした「じゃあ」と「じゃあね」の間に、いろんな想いが透けてみえて、なんだかもうその数秒に触れることができただけでこの映像に出会えてよかったとおもった。
幻