Inagaquilala

ナポリ、輝きの陰でのInagaquilalaのレビュー・感想・評価

ナポリ、輝きの陰で(2017年製作の映画)
3.8
ちょっと驚いたのは、この作品に主演している父親と娘さんは実際の親子で、しかも演技はほとんど初めての素人だということだ。作品の原題は「Il Cratere」、英語表記だと「Crater」で、天体衝突でできる隕石孔の意味だが、この作品ではもちろんその意味で使われているわけではない。ナポリ近郊の低所得者が住む地域を指す名称として、この作品では使用されている。その「クレーター」に実際に暮らす父と娘を主人公として作品はつくられている。といってもいわゆるドキュメンタリーではない。彼らの日々の生活を参考にして脚本づくりをしたフィクションなのだ。ちょっと複雑な成り立ちになる。

監督はドキュメンタリーの出身なのだが、フィクションとノンフィクションのあわいでうまくバランスをとりながら、リアリズムに裏打ちされた物語をつくりあげていく。脚本には父役を演じた人も参加して、実歳のクレーターの生活に裏打ちされた物語をつくりあげている。役者が演技の覚束ない素人も同然ということがあるのかもしれないが、人物を捉える映像はかなりアップが多い、というかほとんどが顔のショットだ。それが妙に画面に息苦しさを醸し出していて、この物語の基調としては、好き嫌いは別にして、まことに当を得ているとは思う。

物語は、現実でも露天商を営む父親が、歌に才能がある娘をなんとか歌手として売り出そうとするもので、この父と娘はそのことでかなりの確執を抱え、いつも口論ばかりしている。実際の生活ではふたりは仲が良いそうだが、この父と娘のひっきりなしの確執がドラマの主筋だ。いつも怒っているばかりの父親はついには家庭内に監視カメラを置いて、家族の行動を監視しようとする。とにかく意図的にではあろうが、全編にノイズが充満しており、観る者にストレスがかかる作品であることは確かだ。

邦題の「ナポリ、輝きの陰で」に惹かれて観たのだが、内容は正直言って、そんな叙情的なものではない。娘を歌手として売り出すことで、下町の苦しい生活から抜け出そうとする父親の妄執と、それに反発を覚え父親との口論が絶えない娘の脱出願望を描いている。いやが応でもクレーターでの現実が押し寄せてくるので、内容はシリアスなものにならざるを得ない。この物語が苦しいか、否苦しくても直視しなければならないかは人によって分かれるところだと思うが、自分は直視するほうに1票ほ投じる。そしてフィクションのなかにノンフィクションを取り入れるこの監督の手法にも。主演の父親役の人間が、自分の知り合いの焼肉屋の主人に似ていたことも多少の親近感を増した。第30会東京国際映画祭コンペティション部門で、審査委員特別賞を受賞した作品。
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