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それだけが、僕の世界のmaverickのレビュー・感想・評価

それだけが、僕の世界(2018年製作の映画)
4.9
2018年の韓国映画。元プロボクサーの兄と、難病のサヴァン症候群の弟との絆を描く物語。公開6日目で観客動員数100​万人を突破。累計観客動員数は300万人以上。人気と実力を兼ねた俳優を揃えたことに加え、『王の涙 イ・サンの決断』の脚本を担当したチェ・ソンヒョン監督の手腕と、『国際市場で逢いましょう』のユン・ジェギュン監督が製作を務めたことも成功の要因。泣ける作品というのは想像がついたが、予測値をはるかに超える素晴らしい感動作だった。


難病の弟との兄弟の物語。それは間違いないが、本作の物語はそれだけにあらず。母と子の家族の話でもあり、それを中心とした複数の人間ドラマが展開する。2時間の中に連ドラ並みの様々なドラマが盛り込まれており、それが綺麗に繋がっている。人生いろいろ、それを感じさせる話。没入感が半端ない。

兄を演じたイ・ビョンホン。世界的スターでありながら、その圧倒的オーラを封印した新境地の演技で魅せる。チャンピオンを獲った元プロボクサーでありながら現在は落ちぶれ、住むところもないその日暮らし。母親に捨てられた過去を持ち、辛い幼少期を送った過去が見え隠れする男。いかにもと、それを肌で感じさせる作りこんだキャラクターが素晴らしかった。コミカルな演技も披露し、これがあのイ・ビョンホン?と驚く。ひょうひょうとしているようで、実は母の愛情に飢えている男。心の中の葛藤をも見事に表現しているのはさすがだ。

サヴァン症候群の弟を演じるのはパク・ジョンミン。韓国の俳優は演技力が高いので、難しい役ほどそれが発揮される。それは分かっていたが、この演技力には脱帽だった。それっぽく演じるとかではなく、もはやこの俳優の普段の姿が想像出来ない。天才的なピアノの腕前を持つという設定の役でもあるのだが、この表現力も度肝を抜く。ピアノの演奏は実際に本人が代役なしで演奏している。クラシックの難曲を9曲も劇中で披露するため猛特訓したのだとか。華麗な演奏を披露するだけでも大変なのに、サヴァン症候群の人の演奏という設定の難易度ウルトラCの演技をやってのけている。演出もさることながら、これらの演奏シーンは鳥肌が立つくらいに凄くて感動のあまり涙が溢れた。彼が演じたこの役こそが本作の肝であり、その役を完璧に表現したからこその説得力。圧巻である。

この二人の母を演じるのが『ミナリ』のユン・ヨジョン。このお母さんの温かみがもう一つの感動要素。障害を持った息子を必死に一人で育てている。過去に長男を捨てたことの罪悪感をずっと胸に抱いていて。だから再会した息子にうんと優しく接するんだけど、その姿が健気でね。久しぶりに会った年老いた母親って感じがまさにぴったり。後ろから見る小さな背中が涙を誘う。この人にも抱えきれないくらいの辛い過去があって今を生きているんだなって。ユン・ヨジョンだからこそ出せたこの役の深み。彼女の演技も素晴らしかった。

元天才ピアニストの令嬢役でハン・ジミンも出演。この人も演じる役に応じてがらりと雰囲気を変えれる人。この役もすごく良かった。顔の表情こそさほど変わらないが、内面の複雑な感情を繊細な演技で表現している。彼女も劇中で代役なしで完璧な演奏を披露しているのだが、9曲を披露したパク・ジョンミンを称えて「自分は2曲のみなので、苦労しているような顔をしてはいけないと思った」という謙遜な姿勢が何とも素晴らしい。この役は本作のキーパーソンでもあり、彼女と関わったことで兄弟の未来が大きく変わるのと同時に、彼女自身も傷が癒えるという話なのが良かった。

弟を演じたパク・ジョンミンの凄さはもちろんのこと、主要キャストの熱演は皆「素晴らしい」が付く。これだけの作品なのだから多数の賞を独占したのかと思いきや、韓国の2大映画祭である青龍映画賞と大鐘賞での受賞はない。「え、何で!?」と思ってその年のライバル作を調べると、『1987、ある闘いの真実』、『工作 黒金星と呼ばれた男』、『神と共に 第一章:罪と罰』、『バーニング 劇場版』、『虐待の証明』、『毒戦 BELIEVER』などなど。なるほど・・と。韓国映画の質の高さをここでも痛感させられるとは。でもこの作品は個人的に推したい。素晴らしい作品に変わりないから。


役者の熱演もさることながら、丁寧な作品性で監督の手腕の高さをも感じさせる。痛烈なメッセージ性こそないものの、誰しもの心に響くような温かみのある優しい作品だ。親子愛、兄弟愛、人と人の優しさが生み出す愛。愛に溢れる物語だった。素晴らしい。文句なしの名作だ。
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